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June 25, 2009

 同志社東京38会・第10回懇話会開催報告 

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 節目となる第10回懇話会を下記により開催いたしました。雨模様の蒸し暑い日でしたが、合計28人の参加者を得て盛会でした。

 今回のお2人の講師は、現在も仕事を続けておられる現役バリバリの方です。極めてお忙しいなか、講師を引き受けていただき、準備のために多大な労力、時間を割いていただきましたことに対して、心から感謝申し上げます。

[講演概要]
   秋田健太郎氏 「真田一族と大阪夏の陣」


 城巡りが好きで、30年くらい前の大阪支店勤務時代に読んだ大阪新聞の記事で「死んだはずの利休が生きていて、生きていたはずの家康が死んでいた」に興味を引かれそれ以来、「大阪夏の陣」に関するいろいろの資料を調べてきた。

 その結果、自分なりの結論として『歴史はつねに勝者の都合で作り変えられる』ということに到達した。

 大阪夏の陣でいえば、家康は真田幸村の猛攻を受け、当地で落命し堺の南宗寺(徳川家ゆかりの墓所)という寺に葬られたのではないかと推察されるが、これでは幕府にとって都合が悪すぎるので、歴史上は家康は夏の陣では死なずに無事、駿府に戻りその後、病死したとなっている。

 このことに対して
・2代将軍の秀忠、3代将軍の家光が後日、わざわざ堺の南宗寺にまで墓参に行って いること。
・薩摩日記、細川家記、三河物語などで夏の陣における豊臣方(幸村)の勇猛果敢な戦い振りと、徳川方(家康)の防戦一方で散り散りに逃げ惑んだ様子が鮮明に記録されていること。
・1616年4月(夏の陣の翌年)の家康の遺体埋葬の仕方が、極めて不自然な葬り方であった(雨の夜中に極く少人数で人目に触れないやり方…南宗寺から遺骨を取り寄せて入れ替えた?)。
等の事実からみても、「歴史は勝者の立場で書かれている」との説明があった。

 歴史書等を読むとき,真実は何処にあるのかを見極める上で、大変含蓄に富むお話であったと感じました。

   渡部 昇兌氏 「天津での30年間」

 金融機関(都市銀行)に就職、入社10年が経った頃、銀行の命令で中国語研修を開始。以来約30年に亘って天津地区を中心とした中国でのビジネスに係わってきた。

 業種的にはリース会社、カードビジネス(クレジットカード)会社、紙専門商社、自動車部品製造会社等であり、それらの合弁会社、独資会社、現地法人の設立・経営、中国地場企業の役員・顧問へ就任等の形での仕事である。

 この30年間は、まさに中国激変の時代であり経済の形態としては計画経済時期から経済転換時期へ、さらには社会主義市場経済へと変遷していった時代である。これに伴って外貨管理、対外貿易管理もいろいろの形が模索され、人民元レートも2種類のレートが併存する等、合弁リース会社の経営にとっては非常に窮屈な業務を強いられる苦労も経験した。

 しかし天津の地元関係者らとつくった独資企業の経営を進めていくなかで、また知り合いの中国人夫婦が経営する自動車部品メーカーの顧問引き受け等を通じて、中国人との間で結構、居心地の良い関係、密な関係が構築されてきて、いまでは天津と日本の間を頻繁に往復する生活を続けており、これからも両方の場所で半々くらいのウエイトで仕事をしていきたいと考えている、とのお話をしていただいた。

 同い年でありながら、大変、旺盛な事業欲に接して、私たちもまだまだ老け込んではいられないと元気付けられるような講演でありました。

                           (文責:奥山博司)

June 25, 2009

 38会ウオーキング「菖蒲を見ながら歩こう」 報告 

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                     幹事 打越 信貴

 梅雨時でも、雨に濡れた花菖蒲は綺麗と思い企画しました。

 平成21年6月11日(木) 西武新宿線東村山駅西口 10時30分集合、7名(男子5名、女子2名)小雨の中出発。
先ずは、正福寺の国宝千体地蔵堂(東京で唯一の国宝建築物)を訪ね記念撮影し、そこから裏手の北山公園の回遊式菖蒲苑で今盛りの花菖蒲を鑑賞し、八国山地(狭山丘陵)を歩き、西武遊園地へ入園、散策し大観覧車等へ乗り、子供に返った一時を過ごしました。

 その後「掬水亭」で昼食を頂きながら楽しく歓談し15時頃散会しました。

写真:打越

May 25, 2009

 すみれ亭句会報告(45) 

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すみれ亭句会報告(45) H21年5月22日(金)   当番幹事 坂部清龍

 「5月の句会は、久しぶりにメンバー16名全員出席し、賑やかな会になりました。 

 季節柄、春と夏の季語が入り交り、バライティに富んだ48句が揃いました。
 この日は比較的時間に余裕があったことから、多くの句に主宰から講評を いただき、大いに勉強になりました。」
   
今月の主宰詠句
     (ジブラルタル海峡)
    坂多きリラ冷えの街明日発たむ   倦鳥
                         
[倦鳥主宰特選3句と講評]


   加茂川の土手に卯の花今日は晴            弓 人

 一見なにげないが、何と伸びやかで素直な一句であろうか。しかも、だからと言おうか、生きる喜びに満ち溢れている。「今日は晴」なる子供のように純粋な措辞がそのすべてを物語る。

   うの花のにおう垣根に 時鳥 早もきなきて 忍音もらす 夏は来ぬ。

 佐々木信綱の詩による唱歌(明治二十九年)は、日本人のこころの源。初夏、香りの良い小粒の白い花が枝先に群がって咲くさまは、何とも可憐。万葉の昔から夏を迎える喜びを託して飽きず歌われてきた。そして加茂川は忘れられない歌枕、平成の今も。 

   髪型を変へて五月の街に出る             雅 子

 自由闊達な詠みぶりは、さきの卯の花の句と軌を一にする。生きる喜びに溢れる点も。五月は希望の月、街は躍動している。その街へいま髪形を変えて・・。

 王朝の昔、髪は女の命であった。(今もそうよという声が早速聞こえてきそうであるが。)一本の髪を壇紙の上に置くとそれを埋めつくすほど豊かな黒髪の姫が居たと今昔物語。そのころ、髪型を変えるとは、剃髪しかない。

 現在でも長い髪はまずばっさりと切る。切らないロングヘヤなら、ゆるく巻き上げた髪の、右巻きならそれを左巻きへ。「昨日のこと、まだ怒っているの?」男は気付くか。

   朝寝して妻の書置探しけり              清 龍

 清龍さんの句は、やや素っ気ないのが身上である。それが俳句と合うといえば合って不思議。「朝寝」なる言葉を季語としたわれらの先達の粋人ぶりもすごいが、その言葉を考古学よろしく掘り出してきた氏にも頭が下がる。

 「三千世界の 烏を殺し ぬしと朝寝が してみたい」とは維新の志士坂本竜馬の都都逸。昔から朝寝の邪魔をするのは鳥共と相場が決まっている。

 さて、本作品「妻の書置」、下世話ながら内容が気になる。ただ単に、朝食に関する事務的な指示のみであることを、句仲間としては願うばかりである。

[主宰入選句・佳句と講評]

   旅終へて心の桜咲きしまま              西 風

 本句を拝見して、身につまされることがひとつあった。「人のこころに咲く桜は、年を経るごとに増えていくのだなァ」ということである。しかも時間の経過とともにますます鮮やかなイメージとして定着していくのであろう。

 初ざくら、盛りのさくらそして散りゆく花は「花に初中後の心持候。」

   世の中にたえて桜のなかりせば春のこころはのどけからまし   業 平

   掌に受けし落花にいのちひしめくや          しろう

 わけてもはかない命を終えて地の還る花々は、花期の短さ、散りぎわの潔さでわれわれのこころを魅了してきた。

 いま作者は、いわばいまわのきわにある花に掌を貸し、懇篤に別れを惜しむのである。 

 さきほどまで枝先にあった、否、四五日前までは蕾になったばかりの花々。なんというはかなさ、そのいのちが掌にひしめいているのか・・。

   大滝の天より降りし糸桜               黄 雀

 糸桜は別名枝垂桜ともいい、高さ二十メートル、幹の直径一メートルに達するものもあるという。

 細くしなるような枝がいくすじも八方に垂れ贅を尽している。だが大滝の流れはとどろくばかりで、ほぼ永遠。糸桜の美はかりそめ、年ごとに精魂を尽すのみというのが哀れぶかい。同じ天より地に下るものでもこれだけの違い。

   麦の穂の擦り傷沁みる仕舞ひ風呂           マサコ

 麦には、小麦、大麦、ライ麦、烏麦などがあり、食料、飼料、ビールの原料などとして重要な穀物である。だが近年はその大半を輸入に頼っているので、初夏のころ、穂先や茎が黄金色になった麦を刈り取る光景もめったに見られなくなった。

 麦の穂先には細いトゲ状の髭(芒・のぎ)があり、これが人の肌を刺したり切ったりするのだ。麦刈りをした夜は、入浴すると傷が身に沁む。作者よくご存知だと感心する。

   落日の棚田を抜ける風青し              冬 草

 棚田は千枚田とも。耕地の有効利用を目的として、リアス式海岸部や中部高地の急斜面を帯状に細く開拓した。離れて眺めると地図の等高線に見える。最近では再整備が進んで、観光目的に利用されている。

 田植えが終ったばかりの青田が重畳と連なる。山側は落日でまぶしいばかりだが、裏側は早くも青い夕べのとばりが。そこを抜けてくる風もすでに青さを深めている対照。

   春日和懐しき下宿人気なし              信 貴

 昔の、学生時代の下宿であろうか。旧友の声がどこからか聞こえてきそうな気がする。 

   花吹雪グリーンのしばしかすみをり          善 啓

 グリーンを覆いつくすような花吹雪。ショットも忘れて見惚れているのだ。

   藻を食みてラインダンスの蝌蚪の水          晶 子

 「蝌蚪」はおたまじゃくし。人の気配でも感じると一斉にラインダンスが始まる。

   出開帳平成見据え阿修羅立つ             和 代

 はるばると奈良からお見えになった阿修羅様。平成の東京とはかくなる所か。

   病み去りて五臓六腑に初夏の風            智 昭

 病が去ってみれば、五臓六腑を初夏の風が吹き抜けるがごとく清々しい。

   校庭に吊るされ泳ぐ鯉のぼり             満紀子

 校庭を幾百匹の鯉のぼりが泳ぐ。見かけも泳ぎ方も一様ではない不思議。

   土手をゆく孫の手の中ツクシンボ           河 童

 河童氏の孫俳句も一時代をなしている。お孫さんの手のうちには土筆がいっぱい。

「お知らせ」

   6月定例句会:6月26日(金)、すみれ亭 17:30〜

   当番幹事  :諏訪河童さん

   投句締切  :6月19日(金)

                        文責幹事:窪川弓人

May 25, 2009

 平成21年度「38会親睦ゴルフ」第13回・活動報告 

 

                 幹事 中川英男

 第13回親睦ゴルフ大会が5月20日(水)筑波カントリークラブで開催されました。

 参加者19名 初参加は城田史生さん。

 当日は五月晴れ、無風というアウトドアスポーツをやるのに絶好コンデションに恵まれ、全員優勝を目指し大いに頑張りました。

下の写真をクリックして大きな写真をお楽しみください        

成績結果
優勝 西裏 正 ネット69(グロス87)
準優勝 草刈 恒太 ネット71(グロス83)
第三位 原  博司 ネット72(グロス84)

次回開催予定11月18日(水)

場所 未定

当日幹事 西裏正・東満弘

          写真提供:草刈さん

May 25, 2009

 北国の観桜と温泉の旅のご報告 

 

東京38会特別企画
「北国の観桜と温泉の旅」のご報告       幹事 打越信貴

 昨年から企画された旅でしたが、北東北三大桜名所と天然温泉巡りが主体ですので、桜の開花とどう合わせられるか苦心いたしました。

 今年は春から例年より開花が1週間〜10日早い情報ばかりで、悩みに悩んだ末3月末旅行会社JRびゆうと4月20日〜22日で契約しました。後は祈るばかりです。

 4月20日(月)、東北新幹線はやて5号東京駅7:56発、大宮駅で全員14名(男性8名、女性6名)揃って出発。
北上駅でバス乗り換え、北上展勝地着。そめい吉野やしだれ桜約1万本あり満開で北上川沿いを満足しながら散策しました。全員で記念撮影。人が多くお店も少なかったので昼食は各自好みで済ませました。90分。移動。

 角館武家屋敷到着。屋敷町の枝垂れ桜も8分咲きで姿が良く感激しながら、各人武家屋敷見学したり、和菓子を試食したり散策。又近くの桧木内川の土手沿いのそめい吉野も6分咲きでした。80分。移動。

 鶯宿温泉、ホテル「森の風」到着。早速温泉に浸かり19時より宴会。料理も結構美味しく、お酒も弾み賑やかに歓談できました。その後、2次会は和室で全員集合、麻雀する人、お酒等でワイワイガヤガヤ遅くまで楽しい時を過ごしました。

 4月21日(火)朝、弘前城へ出発。あいにく小雨が降ったり止んだりの天気で12時「ネプタ村」到着。北門(亀甲門とも言う)より入園、四の丸を通り日本一太いそめい吉野桜を見て、三の丸の9分咲きのそめい吉野の桜林を通り、日本最古のそめい吉野桜を見る。

 撮影スポットの下乗橋で桜と天守閣を背に記念撮影。本丸入場、「鶴の松」、「亀の石」、棟方志功画伯が命名した「御滝桜」を見て、天守閣見学し本丸の桜の間を縫って、津軽富士と言われる「岩木山」を眺め一周す。天気が良ければ此処で敷物を敷き昼食宴会の予定であったが残念。二の丸を通り追手門から出園し藤田記念庭園入園、ここで仕出し弁当で宴会。再度弘前城へ入り西濠の桜のトンネルを通り、北門からネプタ村へ、240分滞在。

 ホテルバスにて残雪の八甲田山麓、ホテル「城ヶ倉」到着。スキー客も滞在している様子。温泉に浸かり、19時より夕食会。2次会は狭い部屋でワイワイガヤガヤでした。

 4月22日(水)、三内丸山遺跡(日本最大級の縄文集落跡)へ。4〜5千年前の縄文時代の大きな集落跡が復元されており、県営のガイド案内で一巡。昔は温暖で現在の仙台位の気温で海水位は相当高かったようである。60分。
青森駅へ、生鮮市場でお買い物をしたり、昼食を取り、特急で八戸駅へ。東北新幹線はやて18号へ乗り換え、残り酒をやりながら今回の桜は素晴らしかった、と皆さん喜んで下さいました。

 東さん、木村(晶)さんには、色々お手伝い頂き真に有難うございました。

 17時、何とか無事に東京駅へ着きました。皆様大変お疲れ様でした。ごゆっくりお休み下さいと解散しました。
                                      以上  
   写真提供:池田正治さん

       画像をクリックして大きな写真をお楽しみください

Apr. 25, 2009

 すみれ亭句会報告(44) 
 

平成21年4月24日(金)すみれ亭、出席14名

 この度、主宰あかぎ倦鳥先生の詠まれた句が「角川俳句大歳時記」に13句も例句収録されたということで、今月はそのお祝いもかねて句会を開きました。
 倦鳥先生の13句の中から春の句を3句ごらんになってください。

   春の日や童話の子鬼泣けるなり           

   花の種蒔いて来世は鳥ならむ           

   それぞれの好みの深さ蝌蚪ねむる          あかぎ倦鳥


 今月の句会には「みちのくの桜を観る旅」から帰ってきたばかりのメンバーも元気に参加。ゲストの方も一名参加してくださいました。先ず、あかぎ先生から季語のお話があり、「季語の話」という小冊子までいただき、私たちも先生にあやかっていい句を作れるよう努めようと気持ちを新たにしました。選句を始めると、4月は桜の句も多く、なかなかいい句が多すぎて(自画自賛とはこのこと?)、その中から5句を選ぶのにいつものことながら一同頭をひねり苦心しました。この夜のすみれ亭は大入り満員で後半は特ににぎやかでしたが、皆さまのご協力のおかげで何とか無事に句会を終えることができました。

今月の主宰詠句:    ひとひらの花びらとなり旅に出む      倦鳥

           今月の当番幹事  黒田満紀子)

[倦鳥主宰特選四句と講評]

   大縄跳び百まで数へ草萌ゆる            マサコ

「草萌ゆ」は「下萌」「草青む」とも。太古から、天地の運行に従って百草は下萌をし、生ひ立ち、花をつけ、実を結び枯れる。

 マサコさんは、歴史ある季語と、昔変わらぬ子供の遊びとを取り合わせた。

 大縄跳びは長縄跳びとも言い、二人の子供が長いロープを回し、その間を大勢の子供たちが順繰りに跳んで渡る。

縄跳びの回数を子供たちが数えているのか、あるいは作者が数えているのか。いずれにしても作者と子供たちはいつのまにか渾然と一体となっている。昔も今も。

   餌さがすびつこの鳩に花の雨            満紀子

「花の雨」は情緒纏綿とした響きがあるが、もともとは、桜の花どきに降る雨で、盛りの花を散らさないで、さらには、花見の機会を流さないでという強い願いを込めた雨であったという。が、現代では広く花時の雨に用いられる。

 餌をさがすびっこの鳩は、おそらく実景に由来するのか。花よ花よと浮かれている人々の間で、今、びっこの鳩が地上をさすらっている。餌をみつけても素早く駆け寄ることができず、たちまち仲間に奪われてしまうのであろう。

 これは、人生の寓意である。

   突き進む若さまぶしき柿若葉           雅 子
 
若葉は夏の季語である。

木々の新しい葉の総称で、常緑樹も落葉樹もなべて若葉は美しい。とりわけ柿の若葉は空が透けるほどに脆弱な緑で、振り仰ぐと心和む。加えて若葉は、匂うほどの生命力を秘めている。それに「突き進む」の措辞。突き進むのはお子さんであろうか、お孫さんであろうかはたまたどなたか。多少の失敗や危険をものともせず、自分の信じる道を歩もうとしているのであろう。周囲ははらはらして見守るのだが、自分の若い頃の想いも蘇ってきて、目を細めて眺めるしかない。若さも若葉もともにまぶしい。

   春灯の妻の厨に戻り来し             しろう

一読、胸に染み渡る一句である。

 ボンボリ並ぶ夜桜見物、商店街に浮ぶ造花、盛り場のネオンサイン、副都心に積みあがるビルの灯、春の灯はどれを取っても心浮き立つ感が深い。

 そんな夜、しろうさんは何の不思議もなく奥様の元へ戻って来られた 厨は奥様の城の本丸。この場合は奥様の懐と言っても良いのだが、そのもろもろの象徴として春灯ともる厨の灯が詠まれているのである。

 何という静謐であろう。ひと年経ないと造作なく詠めない句である。

[主宰入選句と佳句講評]

 入選:

   花三分茣蓙の上には留守のメモ          冬 草

 お花見の場所取りであろう。大体どこの会社でも団体でも、若い人が早朝から場所取りに出されるのである。

「御用の方は、090―8300―1803へ」昼食なのだ。


   花の道親子三代連れ添ひて             智 昭

 今度はお花見への道すがらでもあろうか。一家総出とはいうが、これはまためでたい

親子三代。祖父は明治の人であろうが、打ち揃ってのお花見は素晴らしい。

   幸せを声に北窓開けにけり             清 龍

 北国では、冬の初めに目張りした北窓を、春の訪れと共に目張りをはがして開くのである。春の風を浴びる幸せを声に出しつつ春の訪れを喜ぶのである。

   景品のトマト苗植うテラスかな           善 啓

 大売出しの福引の景品であろうか。あろうことかトマトの苗が当たってしまった。大事に持ち帰り、テラスのプランターに植えてやる。七月には真っ赤な実が成って・・。

  佳句:

   春風やカレーの匂ふ美術館             信 貴

 原句「におふや」と丁寧に切ってあるが、そこまでは良いでしょう。美術館の食堂から春風に乗って匂ってくるのか。名画もカレーのご馳走に預ることがあるのか。

   桜咲く学校通りを孫が行く             河 童

 「桜花咲く」は桜でよろしいでしょう。目に入れても痛くないとは言いますが、河童さん、今月は三句とも孫がらみ。氏の相好を崩した様子が髣髴としますねェ。

   川沿ひにじじばば二人花遍路            西 風

 隅田川の桜並木は、それは見事なもの。お二人で桜狩の小旅行を始められたのでしょうか。「花遍路」と美しい言葉を選ばれたのですから、じじばばまで言わなくても。

   花吹雪大の字で聴くヴィヴァルデイ         和 代

 原句「茶髪」とまでは言わなくとも充分でしょう。花吹雪の下、大の字になって聴くヴィヴァルデイ。これ以上の贅沢はないのではありませんか。

   風に乗り「また来年」と舞ふ桜           晶 子

 日本人は桜が大好きですけれども、とりわけ今年は東北まで足を伸ばして、心から堪能されたのではありませんか。「また来年ね」とさくらが手をふりながら別れの舞を。

   長閑さの日溜りで射る一日かな           弓 人

 春の日永。一矢一矢丹念に練習。こみ上げる喜び

   草餅の一つ分け合ふ仲なりけり           黄 雀

 原句「仲もあり」いまひとつ句が不安定。断定して頂きたかった。

[主宰総評]


 相変わらずわがままな感想を綴らせて頂いている。ただ一つ、わが身に強くひきつけて、ご本人以上にその気になって「解」を出しているつもりである。解はかならずしも一つではないところが俳句の面白さ。ご本人の予想もしなかった解が、別の鑑賞への手助けとなれば幸いである。

次回お知らせ:

  5月定例句会=5月22日(金) 17:30〜 すみれ亭

  当番幹事=清龍さん

  投句締切日=5月15日(金)、投句宛先は清龍さん

                文責:幹事弓人

Apr. 25, 2009

 すみれ亭句会報告(43)

 

H21年3月27日、すみれ亭

 すみれ亭句会の一員にしていただいて 約一年 はじめてお世話役をさせていただきました。
あっというまの二時間でした。 ただみなさまの力作に会えたのが うれしかったです。
 投句を受けながらお顔をおもい 句を思う とてもみなさんに親しみを感じられたのが何よりでした。
 また倦鳥せんせいの講評もいつものことながら とても句作に役立ち勉強になりました。 これからもずっとすみれ亭の一員であり続けたいと思っています。        
 今月の主宰詠句

    水鱧や木屋町通りはしごして       倦 鳥

                      当番幹事  山本 マサ子

[倦鳥主宰特選三句と講評]

  ブラームス時どき独活をきざむ音           しろう

まず、ブラームスといきなり一本切り込んで来る。作曲家の名前だけ明かしておいて、仔細は語らず、春の山菜、うどを刻む音がすると、立体的に迫ってくる仕掛けが憎い。 ここでは色彩鮮やかな「室内楽」としよう。例えば「弦楽六重奏曲第一番」の主題旋律は、甘美でもの哀しい。その昔、フランス映画『恋人たち』のサウンドトラックに第二楽章が使われ、すすり泣くような美しさがドラマの、人生の残酷さを予感させるのに効果的であった。それをバックに、日本人の春の喜び、独活をきざむ音。まぎれもない生活音をとりあわせて不動の作品を作り出したのである。

   春愁や夫の七癖知り尽し               マサコ

特段理由はないのだが、何となく心が鬱屈して楽しくない。何かに打ち込んでいると自然と忘れるのだが、終ってしまうとまたふさぎこんでしまう。戸外は春らんまんで美しいのにかえってそのことが、穏やかさが不安な気持ちにさせる。「春愁」とはこのような感じで、秋の「秋思」と区別される。 ルビー婚、サファイヤ婚と夫婦の時間を共にする時間は増える。誰にも「なくて七癖」。 「あの人は何かを曖昧にする時は、必ず口元が歪むのだから・・」でもそれ以上は追求しない仏心。 

   手をとられノクターン聴く春の宵           晶 子

春宵一刻値千金」とか。春宵とは夜に入って間もないころの初更をいう場合が多い。どちらかというと、甘美でやや感傷的な時間である。 さて、手を取られて耳にするノクターンである。ノクターンは夜曲、夜想曲といわれ、夢想的な甘い旋律で、大半が三部形式のピアノ曲である。なかでもショパンのそれは著名で、合計二十一曲に及ぶという。日本でポピュラーなのが第二番。耳にするとあああれとおっしゃる。掲句、いかなる事情でだれが誰に手を取られているのかなどの詮索は無用。甘美な旋律を耳にすることで至福の春宵を味わえばよろしい。

[主宰佳句の講評]

   満開の花と保護者の卒園式              冬 草
 いくぶん斜に構えた観察が面白い。現在も黒の紋付羽織のお母様方で満ち溢れているのであろうか。満開の花の下、誇らしく子供たちの自慢話に興ずる保護者たち。奇妙な事に肝心の子供たちの影はうすい。冬草さんの皮肉。 

   水温む鯉の尾びれに力あり              智 昭
  寒中は水底の泥にもぐってじっと棲息し、たまに暖かい日などに浮上するのが「寒鯉」。それが春ともなると全身に力みなぎり、堂々と遊泳するようになる。それはそのまま鯉の飼い主共感するエネルギーでもある。

    鯉の口おほきく丸く二月尽                弓 人
 たまたま前出の作品に似ている。が、仕立て方はかなり異なる。弓人さんは丁寧に写生したあと「二月尽」という人事の季語で締めくくる。あたかもそれは、寒鯉が夏へ向って成長を遂げるのに習い、ご自身にある種の決別の情を確認しているとも思われるのである。

    鍋焼や黙々つつく二人きり              信 貴
 鍋焼とは本来鍋ものであったらしい。が今日では、「鍋焼きうどん」をさす。ところが掲句は「つつく」とあるので由緒正しき鍋なのだ。土鍋は同じだが鶏肉、芹、慈姑などを入れ鍋焼とは本来鍋ものであったらしい。が今日では、「鍋焼きうどん」をさす。ところが掲句は「つつく」とあるので由緒正しき鍋なのだ。土鍋は同じだが鶏肉、芹、慈姑などを入れ醤油で煮て鍋のまま食べる。長年連れ添った奥様だから、下手な言葉など無用である。          

    あの頃は土筆も卓を賑わはし             清 龍
 土筆はユーモラスな外観に俳諧味が感じられる。わらび、ぜんまい、よもぎ、嫁菜などと共に春の摘草。濃い甘さがあり、和え物、佃煮などに。戦中戦後、大事な食料の捕食とされた。が、珍味ではあるが、近頃は、八百屋でも売られているかどうか。

    団欒のテレビ家族や蜆汁               善 啓
 ひと昔前、蜆汁は春の喜びであった。淡水にも汐入川にも棲む。そして大方はその土地の味噌が程よい調和を保つ。今では養殖ものが多いのであろうか。「テレビ家族」なる善啓さんの造語(?)も面白いが時代は変わっても変わらぬ日本人の朝食をスケッチした。

     長雨や根っこに春を注ぎをり              黄 雀
 「春を注ぐ」なる措辞は感覚的ににはよく理解され、共感も多かった。が「長雨」が春(菜種梅雨等)にも秋(秋霖雨等)あることを考えると季節感が希薄であるのが惜しまれる。

    春風を掴んで園児帰りけり               西 風
 春風にしては強いのであろう。両手を挙げ、あたかも春風を掴むように風に逆らって歩いている園児たちが微笑ましい。「帰る」の重複が惜しいので「帰りけり」としたい。

    お干菓子の櫻一片茶の美味し             和 代
 花の下、野点であろう。ひらひらと舞い散る桜一片。人生の至福の時。「花ごとに露の白玉ふふみたるくはし桜に夕日さし来も  伊藤左千夫」

   花曇横断歩道を鳩渡る                   満紀子
 花曇、花冷、花の雨・・。花の季節は胸に沁みる季語の宝庫。その昼下がり、通行人も渡り終えてしまったが信号はまだ青。と、よちよちと鳩が渡り始めたではないか。

    梅見ごろ五体縮めて大倉山               河 童
 新横浜・菊名界隈の大倉山。ここも梅の名所で「まだ肌寒い」の実感であろう。が、肌寒き(秋)は「五体縮めて」に替えさせて頂き、句が落ち着いた。

    春風に似て麗しき老夫人                   雅 子
 とても柔和な作で、その点皆さんの共感も得られた。が、やはり元句の「そよ風」は弱いので「春風」とはっきり言うことにより、季節と全景を明瞭にさせたい。

 ○ 「見所(けんしょ)より見る所の風姿は、我が離見(りけん)なり。然れば、我が眼の見るところは、我見(がけん)なり。離見の見にはあらず。離見の見にて見る所は、則(すなわち)、見所(けんしょ) 同心(どうしん)の見な 
り」 (世阿弥)独りよがりではいけない、いま自分の演じている姿を、いちど冷静に自己を離れて、見物人から見たらどう見えるかという立場に立って見直してみるがよい。 世阿弥はこれを能の演技について述べたのですが、「表現」一般にも共通するでしょう。

「次回お知らせ」4月例会句会は4月24日、17:30〜、すみれ亭、当番幹事は満紀子さん

                 文責:幹事弓人

Mar. 20, 2009

 第7回「同志社東京38会」総会の”速報”
 

 3月8日(日)、12時30分から、会員の約半数52名出席のもと、小田急ホテルセンチュリーサザンタワーにて開催されました。

 受付では、総会資料とともに評判の会誌『三つ葉』第6号が出席者に配布されました。(ご欠席の方へは後日郵送されます。)

 一部総会の部では、楠田会長の開会の辞に続き、活動報告、平成21年度の役員選出、20年度会計報告と21年度予算案の承認。飯田氏の司会で、一部は順調に終えました。

 二部懇親会は柴田佳子氏の司会。西裏副会長の乾杯の音頭でスタート。
 17歳で”最年少女流チャンピオン”に輝き、芸大卒業後若手現役演奏家の1人として活躍中の「はなわちえ」さんの津軽三味線の演奏と軽妙なトークで、会場は一気に盛り上がりました。やはり生演奏は迫力満点。若き美女の躍動感溢れる音色に、すっかり魅了されました。
 4月後半には、津軽三味線の発祥の国「北国の観桜と温泉旅行ー北上展勝地、角館、弘前城」38会特別企画の参加募集発表もありました。参加者は、地元でまた生演奏を聞けることでしょう。

 総会も7回目ともなると、全員が顔馴染み。新宿御苑や代々木公園・明治神宮など新宿の眺望を楽しみながら、仲間との懐旧談や近況に花が咲き、美味しい料理に舌鼓を打ちつつ、お酒も程よく回りはじめ、あっという間にお開きの時間となりました。今や恒例のグリーOB赤木氏のタクトによるカレッジソングの斉唱、記念撮影、山根氏による同志社チエアーと閉会の辞。

 5月16日(土)東京校友会「春の集い」での再会を合言葉に、それぞれ散会しました。 

 今回は、初めての日曜、それもお昼の開催でしたが、いつもと変わらぬ大盛況でした。 

 3月8日現在の会員総数:111名(前年比4名減)
 東京校友会からはお祝い金を頂きました。有難うございました、御礼申し上げます。

                       文責:総務担当窪川和雄、写真提供:久良木京子

21年度新役員: 順不同、敬称略)
楠田智昭(会長)、西裏 正(副会長)、池田和代(女子大担当)、
飯田禎彦(スケッチ担当)、打越信貴(ウオーキング担当)
岡田恭子(懇話会担当)、奥山博司(懇話会担当)、
大塚元博(出版担当・東京校友会評議員)、久保茂一(イベント担当)、
窪川和雄(総務・句会担当)、黒田満紀子(食べ歩き会担当)、
佐藤京子(スキー&温泉会担当)、柴田佳子(岩倉担当)、
東満弘(東京校友会評議員)、広瀬勇(会計担当)、
山根司(会計監査・東京校友会評議員)、草刈恒太(広報担当・東京校友会評議員)、
中川英男(ゴルフ担当)

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開会の辞(楠田会長)

はなわちえさんの演奏

記念撮影

Mar. 20, 2009

 21年「すみれ亭新年句会」報告(42)
         
出席12名、当日幹事:弓人、黄雀

 

 すみれ亭句会も今年で6年目、総勢16名もの大所帯となりました。
 句会も月例開催に加えて、新年句会は都内の有名庭園に席を移しての新春を祝う特別な句会を開催して来ました。

 今回は旧正月の2月26日、水戸光圀公ゆかりの大名庭園である「小石川後楽園」にて開催いたしました。
 見事な梅林と美しい雪吊りの庭園の散策と詠句の後、園内の「涵徳亭」にて、会席料理と美酒を愉しみながら句会に入りました。

 新年句会の形式は「当日の詠句」と「事前の詠句」との組合わせ。 約60句の中から全員による「選句」(人気投票)を披露し合いながら、「句の作者当て賞」の趣向もあって、終始笑いとスリルのある和やかな会となりました。

 終わりに、倦鳥主宰から総評を戴き、秀句には主宰と幹事より「ご褒美」が贈られました。主宰賞には、なんと入会間もない信貴さんの「裏返しセーター着たる妻哀し」の句が入選され、主宰のユーモラスな評と共に拍手喝采を浴びました。
        ・主宰賞・・・・信貴、しろう、黄雀     ・幹事賞・・・・智昭、和代、雅子

「今月の主宰詠句」
 
       春雨や犬の温めし夜具に入る    倦鳥

[倦鳥主宰講評]

○ 詩の生まれるとき

   ・・・「おっ」と思ったり、「すごい!」と思ったり、「うむ」と思ったり、なにか普通でない気持ち・・・・もしそれをオッシログラフにとることができたら、平常のそれよりもうんと大きなゆれをグラフに示すと思われるような、そんな「!」が、まず詩のもとをもと(感動)たらしめるエネルギーになります。

                      (川崎洋『詩の生まれるとき』)

「例会句会作品総評」

    特選  かに弁の蓋を開ければ日本海     黄 雀

 北上する列車の中であろうか。待望のかに弁の蓋を取る。十一月、お弁当は解禁早々の越前蟹で贅を尽したもの。足の太い剥き身が箱の左に五六本。中央はイクラをはさんで上下に殻つきの鋏。右下に沢庵三切れ。むろんベースはかにの酢飯である。

 「日本海」に二様の動機が隠されている。お弁当の中身の日本海と視線を投げるたびに車窓の左手に広がる日本海。晴れた冬の凪か。思い出を懐かしみながらの、机上の作であるとしても、むろん、この優れた作品の瑕疵となるものでない。

    特選  裏返しセーター着たる妻哀し      信 貴

 「妻哀し」とあるが、裏返しにセーターを着たのは本当は信貴さんご自身ではなかろうか、という疑いがないでもない。

 ぼんやりしていたのか、加齢のせいであるか、身体の調子がはかばかしくないのか、たまたまセーターを裏返しに着てしまった。日常の生活の中でのそのような滑稽さ、哀しさつまり人生の小さな真実が本句のテーマであれば、誰が主人公であってもいっこうに構わないわけである。「事寄せ」、は古来わが国の文芸上の大事なレトリックであった。

   特選   病む人の草餅三つ食はれけり    しろう

何となく落語を思わせる健康な笑いが本句の身上である。
草餅は言わずと知れた、蓬の葉を餅の中に搗きこんだもので、その緑色と野の香りが独特でただただ懐かしい。
「食欲がないなんて言いながら、あれだけ草餅、食べられたらもう床上げだねえ。」
「食う」は卑俗語。そこへ「れけり」と敬語+詠嘆の切字を接続させ、いささかの皮肉と安堵感を表した手だれの技法に脱帽。

     ◎   天を向く目刺いく連干し細る     マサコ

 鰯の小型のもの数匹の目に藁や竹をとおして連ね、天日に干したものが目刺。風の通るほどに乾燥し、堅くなり小さくなってゆく。いっせいに天へ向って泳ぎ上るようにいく連も干されているのであろう。房総あたりであろうか。夥しい目刺のむれが天へ上ってゆき、段段乾いていく状況を「干し細る」と独自の造語で表現した。言葉も発見するものだと思う。



     ◎  「チンしてね」メモを残して四温妻    西 風 

 この句もこまやかなご夫婦の心の機微が滲み出すような作品である。電子レンジで暖めて召し上がって下さい、という懇切なメモ。さらにはもっと詳しい食べ方が指示されていたに違いない。お昼は適当に済ませてネと飛び出してゆく、どこかの奥様とは月とスッポン。三寒四温から西風さんの工夫された「四温妻」なる造語も秀逸である。

       有明の月と見る間や雪に消ゆ       雅 子

 有明の月は、言わずとしれた夜明けになお白く空に残る月。
 朝ぼらけ有明の月と見るまでに吉野の里に降れる白雪(古今集)
 古典のイメージと二重写しになって美しい一句となった。

       「いらっしゃいませ」気合一発寒に入る   智 昭

 景気の良い居酒屋か八百屋か。気合の入った呼び込みに、寒の入りの寒さも一気に吹き飛ぶ思い。肩の力も抜けて無理なく一句となった。
 自然体でいる時、句はおのずと懐に飛び込んでくる。  

       あとすこし春告げ鳥の声みがく        善 啓

 冬の間笹鳴きをして人家の近くに出没していたうぐいすが、もう直ぐ春だとぎこちない調子で、鳴き方の練習に余念がない。ケキョケキョケキョなどと聞こえるのだが、それが何ともおかしい。「しっかり練習しておくんだぞ」と善啓さん。

       臥龍梅そは白き香を幾星霜          弓 人

 幾星霜・・園覚寺だとすれば十三世紀の開創。七百回も春を迎え、白梅は白い香を漂わせてきたのだろうか。
 梅の古木の長い見聞にひっそりと耳を傾ける作者。

       明日は春言いきかせつつこなす家事     和 代

 「明日は春」当然立春前夜である。春来れば春来ればてふことのみ多く、ご自分にそう言い聞かせ鼻歌交じり。「家事こなす」と「こなす家事」のトーンの違いをご理解下さい。

    灯ともして厨に蒼き魚を裂くひとりの夜の心なぐやと(岡野弘彦)

       冬の鵙電話の向こうの母の声         冬 草

 「今日も大事ないようだヮ」と安堵しつつお母様との電話を切る。ご高齢のお母様ととりわけ離れて暮らしておれば、心配が絶えない。
 と、突然短く鳴いた冬の鵙。普段は寡黙なだけにものを思わせるのである。

       雪晴れの白にいろあり陸奥の         晶 子

 みちのくの旅吟。雪晴れの銀世界。その白い世界のなかにも白色の異なることの発見。

       満天星酷寒の空埋め尽くす          河 童

 冬の夜空を埋め尽くす見事な星々。東京ではない。長野の実家あたりにおられるのか。

       初氷右往左往のメダカかな          清 龍

 メダカの生命力に乾杯。右往左往しているが、氷の下でも逞しく生きている。

       冬の夜北欧の愁いチェロの音に       満紀子

 冬の夜炉端で聴くにふさわしいチェロ。北欧の愁いはシベリウスあたりであろうか。

  『当日投句の部』

  8点句    身につけし色の重たさ春浅し     智 昭 

  7点句    梅の香や水戸も京(みやこ)も一庭に        和 代 

  6点句   笹鳴と思ひて池をふためぐり       しろう

  4点句   梅の香のわずかに残り後楽園       雅 子

 「次回お知らせ」

   3月例会は、3月27日(金)17:30〜 すみれ亭  当番幹事はマサコさん

   投句締切日:3月20日(金)                文責:幹事弓人

               写真提供:しろうさん

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Fab. 5, 2009

 すみれ亭句会報告(41) 平成21年1月23日(金)すみれ亭
 

 新年早々の1月句会は、句会メンバー16名全員が出席という賑やかで楽しい句会となりました。48句の中から5句選句するのが難しいほどの素晴らしい句の勢揃いでした。中でも一風変わった「雪女」の句に票が集まり、ひとしきり盛り上がりましたが、ご本人の自解の弁に大爆笑となりました。主宰選の句についての講評は、いつもながら深く、句の中に何らかの主張や想いを詠み込むことの大事さをあらためて教えられました。今年も全員元気に楽しく「俳句のある生活」ができたらと願っています。

  今月の倦鳥主宰句    寒月夜母逝きてまた巡り来し

             (1月幹事 雅子記)    
「倦鳥主宰講評」

秀句とは?

毎日、日本国中でおびただしい数の俳句が紡ぎ出されています。
「これってどこがいいんだろ」という句にもお目にかかることでしょう。率直に言って新聞、雑誌、放送などで見聞きする俳句は玉石混交のきらいがあります。その中で、真の秀句を見極める「眼」を養っていただきたい。

次の句は某紙の年間最優秀賞です。秀句に値するかどうか先入観を排除して、じっくりご鑑賞下さい。

奥千本西行庵の寒の月 山ア 隆吉  (森  澄雄 選)
杜甫李白西行芭蕉秋千歳 藤井 元基  (宇多喜代子 選)
山眠り山彦ひとり起きてゐる 多賀谷朋子  (正木ゆう子 選)
すろうりい歌会始すろうりい 吉竹  純  (小澤  實 選)

(総評)

   幾千の墨字を照らす初明かり       黄 雀

 新年にふさわしい時空を超越した稀有壮大の句である。簡潔にして無駄のない措辞は、幾重にもわれわれに根源的な問いを投げかけて来る。仮に身近な書道展に触発されての作句であるにしても。

 漢字の伝来は、四世紀から六世紀半ば、百済からだという。はるばる海を渡って伝えられた漢字群はそれから幾星霜を経、一体何回の初明かりに晒されたことであろうか。

 上野の博物館、東洋館。三階までの吹き抜けの壁面におびただしい漢字群が唸り声を挙げている。今年もまた、平成二十一年の曙光を高い天窓から粛々として受け取ったのであろう。

   笹鳴や逢ひたき母の京ことば       マサコ

 冬の鶯は「チャッチャッ」と笹薮で地鳴きする。人里に近づいてくるが実に用心深く敏捷で、ひとの気配がするとすこしづつ遠ざかる。何とも可愛らしい小鳥と懐かしい京都の母上との取り合わせである。あるいは、鳴声のはしばしから京ことばを連想するのかもしれない。

   うち霧らし雪はふりつつしかすがに我家の園にうぐひす鳴くも(万葉集)

 夏のうぐいすほど多弁でなく、ことば少ないところが、よりいっそう慕情をかきたてるのであろうか。肩の力を抜いて無理なく詠めた点がお手本となる。

   年毎に故郷遠し事始め           しろう

 一度、ふるさと遠く離れると、ふるさとが近くなることはない。

   ふるさとの訛りなつかし停車場の人ごみのなかにそを聴きにゆく   啄木

 むかしから日本人普遍の心理である。しろうさんは、この心情を、「事始め」(十二月十三日、正月の準備を始める日のこと)を契機に改めて再認識しているのだ。とりわけ関西方面が盛んで、祇園あたりでは賑々しくお目出でとうさんの声が聞こえる。関東ではそれがどうなのか。この関西の風習がいま、懐かしく思い出される秀句である。

   松過ぎて今年の一歩踏み出せり      雅 子

 「松過ぎ」とは門松や注連飾りを取ったあとのまだ余情ある日々のこと。この習慣も東京と関西では異なる。京阪の方が東京より長いのは確かだが、いずれにせよ、正月過ぎた頃からようやく我に返り、さて今年も頑張ろうと平常モードに戻る人間の微妙な心理状態を表白して面白い。

   子らの手のなぞるのの字や初氷      善 啓

 冬に入ってはじめて張った氷が初氷である。暖冬の多い東京では、戸外に氷のはるこ 

とも最近では珍しい。子供たちは冷たい氷に触れて落書したり文字を描いたりして遊んでいるのだ。子供たちの様子が具体的に描がかれていて良い。

   残業やクリスマスミサ告ぐ鐘遠し      和 代

  どこかの商店であろうか、クリスマスの夜まで残業なのである。大変だなあとひそかに同情しつつ通り過ぎるのであるが、ふと遠くでミサを告げる鐘の音。何となくシンデレラの趣で面白い。正確には季重なりであるが、異質の季語なので気にならない。

   我が思ひ置き去りにして去年今年     晶 子

 「去年今年」という季語は、意外と難しい。去る年、来る年まるでお芝居の回り舞台のように一夜にして移り変るあわただしさと感慨。確かに確実に動いてゆく時間の中で、想いだけが置き去りにされるような歯がゆさがある。その気持ちを素直に表現できた。

   正夢か真夜の静寂の雪女          西 風

 俳句を始めて誰しも一度は作りたいと思うのは「雪女」の句。雪国では、突然現れて道を迷わしたり誘惑したりするという。それが東京に現れた。が夢の中なのであろうか。残念がったり安堵したり。こうした季語と戯れるのも俳句の醍醐味のひとつである。

   年を越し病も忘れ甲羅酒           信 貴

 無事に年を越した喜びの年酒に勝るものはなかろう。それが豪勢な甲羅酒であればなおさらのこと。今日という日は、残りの人生の初日。御身大切に。

   新年の時間を止めて文をよみ        冬 草

 冬草さんが新年早々、時間を止めるほど熱中して読んでおられるのはやはり手紙であろうか。いろいろとお世話されている方々のそれを熟読されているのか。

   みしみしと冬の足音聞こえくる        弓 人

 暖冬などと言いつつ年末の寒さは厳しかった。まさに冬将軍の足音がみしみしと音をたてて近づいてくる気配。その擬態音が面白く迫力ある。

   「壱岐っ娘」の味まろやかに冬の宿     智 昭

「壱岐っ娘」は焼酎なのか、清酒なのか。いずれにしろ孤島の波音を聞きつつ盃を酌み交わす冬の夜長。話柄は尽きない。「 」がなければ、また異なった解となろうが。

   除夜の鐘違って聞こへる年ごとに      満紀子

 除夜の鐘の百八つは、人間の煩悩の数。聞く人はさまざまな感慨を催すが、年ごとに違った響きだと満紀子さん。それは年齢のせいばかりとも言えない微妙さ。

   年の暮れ机上の山を見つめをり       清 龍

 「机上の山」と言われるとなるほど説得力がある。見つめるだけで嘆息し、手がつけられないのかどうか。家庭でも職場でも見られる卑近な光景である。

   露天風呂雪を愛でつつゲーテを語る     河 童

 旧制高校時代かと目を見張る。バイロン、ハイネと徹夜して議論した様子が彷彿とする。「・・ゲーテかな」で充分意味は通じると思う。

 まだまだ語り足りないほど佳句づくしであるが、紙面も尽きかけたようだ。色んな意味で世界は変化し曲がり角に来ている。すみれ亭もさらに実りある変化を望みたい。 

「お知らせ」

 次回句会

  新年句会(2月例句会):2月26日(木)小石川後楽園「涵徳亭」12:30〜 
  投句締切:2月19日(木)、黄雀幹事宛

         文責:幹事 弓人

Fab. 5, 2009

 同志社東京38会 スキー・温泉部会活動報告

 

 スキー・温泉部会の第4回活動を下記のとおり実施いたしました。
  ・行き先 秋田県田沢湖スキー場 ならびに
       駒ケ岳温泉郷、乳頭温泉郷の温泉巡りと角館雪の武家屋敷観光
・時 期 2009年1月27日(火)〜29日(木)
・参加者 10人(男女各5人)

 今回は過去3回に比べて遠出となりましたが、ほぼ前回並みの参加者を得て開催することが出来ました。

 3日間天候に恵まれたこと、そして何よりも素晴らしい雪質でスキー組は大いに堪能できました。温泉組も名湯の数々を楽しみましたが、温暖化のせいか角館の雪が若干少目でJRの駅ポスターのようなイメージとは少々違っていたのが残念ではありました。

 次回第5回も来年1月下旬に実施する予定です。リーゾナブルな料金で出来ることを条件に、北海道あたりでどうかという話も出ておりますが、今後十分にプランを練りたいと考えております。多くの皆様のご参加を期待したいと思います。
                    (世話人 奥山記)

       画像をクリックして大きな写真をお楽しみください

Jan. 20, 2009

 すみれ亭句会報告 第40回 平成20年12月19日
 
 平成20年12月「すみれ亭句会」は倦鳥主宰がご都合にて欠席されましたが、例会場「すみれ亭」に14名の参加者を得て賑やかに開かれました。

 主宰欠席の為、いつもの軽妙・適格なコメントが聞けなかったのは残念でしたが、ベテラン会員の自由闊達なコメントも加わって、平成20年最後の句会に相応しく盛り上がりました。

 詳しくは右のちらし部分をクリックしてお読みください。

           (当月幹事 智昭)

「お知らせ」

1月例句会:1月23日(金)、17:30〜 すみれ亭
      当番幹事:雅子さん、投句締切:1月16日

新年特別句会(2月句会):
      2月26日(木)11:00〜16:00(予定)
      小石川後楽園「涵徳亭」
                        文責・幹事弓人

上のちらし縮小版をクリックすると報告書を読むことができます

Dec. 14, 2008

 すみれ亭句会報告 第39回 平成20年11月28日
 

 10月に厳しい審査をパスした、打越さん 塗田さんのお二人を迎え古参の方は刺激を受けたようです。

 今月も豊作でした。会員が増えたこともあるのでしょうが,句選に苦慮しました。

 また、秋は季語も私たちにとって,馴染み深く 空気もまわりも「詩って」と迫ってくるようで、天の高さが人の心を感傷的にするようです。

 今月から選句が3句から5句になり、少し冒険心を持って、選ぶことができました。このことは句を作るときもゆとりが持てるような気します。
 
命捨つ恋などしたし神の留守   倦鳥
 今月の話題作です。みなさん、いかがですか。
                              晶子記

 「倦鳥主宰総評」

 ご自分の感動の念押しをして下さい。感動したところが素直に他人に伝わるかどうかの念押しを。

 自分の舞いを観客がどのように見てるか、自分でもういちど考えよと世阿弥。(『花鏡』) 

 俳句も同断だと思います。苦労して産み落とした作品ですが、もう一度他人の目で意地悪くチェックすることが肝要でしょう。

 「主宰特選三句と講評」

   竜宮へ水輪残してかいつぶり     マサコ

 省略が見事である。「一羽のかいつぶりが水面に水輪を残して潜ってしまった。しばらく姿が見えないのだが、きっと竜宮城へでも行ったに違いない」と五十七文字の散文となる。

 かいつぶりは鳰(にお)ともいわれ、鴨などに比べると小型できわめて息が長い。別名「息長鳥」とも。一度潜るとしばらくは浮いてこない。この特徴が思わぬ連想を誘っい、現実と夢がうまく交錯して楽しい一句となった。

   形見分けものみな虚し秋の風     満紀子

 「形見分け」はわが国の伝統ある風習。故人の衣類や持ち物を親戚縁者に引き取ってもらうのである。だいたい、忌が明けると行なわれることが多い。

 作者はいま、その行事の中に居られるのであろうか。だが、仮にどのように高価なものを頂いても、黄泉の国から故人が戻ってくるはずもない。ただでさえ秋風はさみしいのに、気持ちはひたすら虚しく、胸の空洞は埋まらない。

 この場合「虚し」とストレートに表現したことが適切であった。

   冬入日つみれこんにやくがんもどき  智 昭

 一読後、破顔一笑というところで、鼻歌さえ出てきそうな心愉しい句である。それもそのはず、冬の夕日はまだ高いのに、作者はいそいそとおでんの仕度を始めている。

 いわゆる関東煮ではなく、たぶん薄味の関西風であろうと余計な想像。大根、竹輪、はんぺん、そしてそのあとにつみれ、こんにやく、がんもどきと常連さんが続く。

 はんぺんは鍋を火から下ろすに二三分前に入れ、さっと汁をかけて暖めるのがコツだ、とTVの料理教室でやっていた。「燗もついたっけ?」

 「主宰入選句と講評」

    極楽橋下は砂利道落ち葉舞ふ      雅 子

 冒頭いきなり極楽橋とくるのが、何とも面白い。閻魔大王の事務所とも指呼の間にあろうと惑わされる。現し世の極楽橋、大阪城ほか幾つかあるようだが、掲句では、南海電鉄高野線あたりかと思われる。高架で、なるほど下は川に沿う砂利道。冬場など枯葉や悪の種などが風に舞うか。

 俳句では、現実かフィクションか惑わされる地名の魅力は格別。

    秋鯖のまるまるしたるを酢に漬ける   弓 人

 「鯖」だけでは夏の季語である。それが秋になると脂がのって食べごろとなる。「秋鯖は○○に食わすな」とか。

 さて、弓人さん、横須賀沖の今日の釣果か、まるまるした奴の尻尾を握ってご満悦の体である。「しめ鯖にするか、鯖寿司にするか・・」塩をした鯖を酢で味付けした飯の上にのせ、その回りを薄昆布で巻く。「まるまるしたる」の措辞がなんとも肉感的。

    吹く風に石蕗の一輪蝶となる      西 風

 冬なお緑濃く光沢のある葉っぱの間から、すうと茎が伸びてその先に菊に似た黄色い花。花々の少ない冬の間、思わずほっとさせられることが多い。枯れると絮となって異界へ旅立つ。それまでのきわめて短い期間、作者の見た一輪が蝶となることがあるのであろう。
 厳密には季重なりかもしれないが、直接花の色彩を言っていないので許容できる。

    母の荷を解いてながめて秋の暮れ    冬 草

 まず「母の荷」の意味するところは、深い。

 何かのご都合でお母様の荷物が届いたか、そうでなくてただ、整理を手伝っておられるだけか。ようやくひとつにまとめ、また解いて中身を入れ替える。荷の中には、昔から見覚えのある和服があったりして、またひとしきりもの思いにふける秋の暮である。

   老人の旅の歓声秋高し         善 啓

 われわれもりっぱな老人パワーの一翼だろうが、国内外、山といわず海といわずその力強いグループに出会って驚かされる。いま、高校生の修学旅行ではないシニアの集り。何かの説明を受けて、盛大な歓声を挙げて呼応しているのである。折からの秋晴。

   一人でも二人も同じ夜長かな      清 龍

 物理的に夜の時間が長いのは冬至だが、秋が深まるごとに夜が長く感じられる。何かやってもやらなくても、一人でも複数でもそれぞれに愉しく、充実感を覚える秋の夜長である。

    落ち葉焚く孫の指まで紅さして     河 童

 垣根の垣根の曲がり角、焚き火だ焚き火だ落ち葉焚き・・・。首都圏では、無粋な消防法の関係で落ち葉焚きもままならない。それでも静かに燃え上がる焚き火を眺める幸福感はやはり深く、時間を超越したひとときを与えてくれるのだ。可愛い手が紅い。

    黄楊刈れば切り過ぎよおつとお茶目な子   信 貴

 黄楊垣であろうか。秋の一日、作者はせっせと剪定鋏を動かしておられる。そばであれこれと手助けをしてくれる小さな助手。本当にそうなのかどうか「切り過ぎだよっ」とお節介なお孫さん、いずれにしてもそうかいそうかいと相好を崩している作者。

    身体中信濃の秋に浸りけり       黄 雀

 信濃は言わずと知れた長野県の旧国名。その山々は三千メートル級で、長野、上田、佐久、松本と盆地が点在する。その雄大な秋に作者は身体ごと投げかけ、得心のゆく季節を味わって、生気を養っているのだ。

    ゆうちゃんは泣きやみましたよ十三夜  しろう

 十三夜は旧暦九月十三日。十五夜から一か月後、少しばかり欠けた月を愛でる伝統ある習慣。その習慣を作者はいとも簡単に童話の世界のように生かして見せた。口語調が何とも言えずやわらかくて美しい。

    疎水行く友の重荷や桜紅葉       和 代

 日本全国多々あろうが、疎水というと銀閣寺道、哲学の小径を思い出す。友人はいま「重荷」をかかえて歩いている。重荷の種が問題なのだが、ここではそれが何かは判らない。役に立ちたいと作者は切実に想う。折から桜紅葉が目に沁みる。

    葉裏みせ雑木紅葉と笹の銀       晶 子

 いわゆる楓などの紅葉だけではなく、ハゼとかブナなどの雑木の紅葉した美しさは、とりわけ北国では格別である。加えてその雑木の裾に広がる熊笹などの銀色。緑。作者はいま、微妙色彩の対比に目を奪われているのである。

 「主宰詠句」

   立冬と知らざる母の髪を梳く      倦 鳥

[お知らせ]

次回、12月例会句会は、12月19日(金)17:30〜 すみれ亭

  当番幹事は、智昭さん  投句締切は、12月14日

  21年度の予定は、12月例会句会で決定いたします。

                       総合文責:弓人

Dec. 4, 2008

 同志社東京38会・第9回懇話会開催報告
 
開催日: 2008年11月11日(火) 13:30〜15:30
場所: 同志社大学東京オフィス・セミナールーム
[講演概要]テーマ: 裁判員制度の開始を半年後に控えて
講 師: 別所 博三氏

 今回の懇話会の講師は別所博三氏で、同氏には第1回(2004/11)以来,2回目となるお役目を引き受けていただきました。

 大変時宜に合ったテーマであり、また会社勤務を終えられた後、中央大学法学部で法律を専門的に研究され、見事に同大学を卒業されたことに裏付けられた内容の濃い話に、27名の参加者も熱心に聞き入り活発な質疑応答もあって、大盛会裏に終了しました。

裁判員制度の内容
平成21年5月21日以降に起訴される刑事裁判に,市民が裁判員として参加する仕組みをいう。
原則3人の職業裁判官と6人の裁判員で構成され、公判の冒頭手続き、証拠調べを行い,「犯罪事実の有無」や「有罪の場合の量刑」判断にも参画し、裁判員は裁判官と同一の権限で評議・評決する。
そのために新制度では、検察官は裁判官、裁判員の両方に対して「合理的な疑問(市民の良識に基づく疑問)を残さない程度の証明」を確信させることができるかどうかが絶対条件となる。
この制度は第一審の地方裁判所で適用される。
裁判員の選出は20歳以上で衆議院議員選挙有権者から、市町村単位で、毎年11月末に無作為抽出される。現在の有権者数から計算した全国平均では、1人/4200人の抽出割合となる。
裁判官、同OB、検察官、同OB等いわゆる司法関係のプロは除かれる。
70歳以上の市民、学生、病人等は辞退事由が認められることもある。
裁判員制度が生まれた背景
専門家である職業裁判官と一般国民の間での意識・感覚のズレが生じてそのことが社会の障害になることが多くなってきた。
そこで「より公正な裁判を目標として、また日本ではその発生がかなり高いといわれる誤判・冤罪を起こさないためには、様々な市民が参加してその良識に照らし、“疑問の余地が無い”ことの確信を得られるような裁判制度の確立が必要との考えから生まれたものである。
更に基本的なこととして、司法を市民の身近な場所において市民一人一人が正義とは何かを考え、自己の行為への責任や公共の秩序の大切さを感じ取るという、民主主義の基本原理に沿う司法制度を確立する必要性も背景にある。
日本の裁判制度と歴史的問題点
日本では裁判官、検察官、警察官は全て公務員であり、実質的内容においては、江戸時代の町奉行、与力等と大差なく、番所、奉行所、お白洲が近代的建物の内に移っただけともいえる。
取調べは相変わらずの「自白至上主義」である。その結果、拷問的取調、強制・誘導・長時間の缶詰状態での取調べが続き、多くの誤判・冤罪を生んできたともいわれる。
プロの司法関係者だけで構成された判決も「自己満足」的なものとなり勝ちで、国民感情と異なる結果を招き、量刑も時代により変化してきた。
取調べ全過程の録音・録画が認められていないのは、主要国では日本だけであり、取調べに弁護人の立会いが認められていないのも日本とドイツだけである等、取調べの可視化も遅れており、日本の裁判制度は一言でいって世界の後進国といえる。
結論
裁判員制度というのは市民参加の制度、つまり素人で成り立っているということが大前提の制度である。したがって法律的知識は一切なくてもよい。市民としての良識さえ持ち合わせていれば立派な裁判員となれるという制度である。
裁判官3人と裁判員6人は同一の権限で評決できるのであるから、検察官の法廷での挙証説明、取調べ記録等に納得できなければ、評決の場で反対に回ればよい(無罪を主張する)だけのことである。
評決の際に最も重要な原則は、「疑わしきは罰せず」あるいは「疑わしきは被告人の利益に」という考え方を堅持することである。
以  上
             (文責 世話人・奥山)

Nov. 3, 2008

 「すみれ亭句会」38回報告
平成20年10月24日
 新入会のお2人、厳しき審査を見事パスして句会初参加。句会員は総勢16名となりました。

 まだまだ発展途上のわが句会、多士済々、頼もしき限りです。今回は、残念ながら12名の出席でしたが、次回は16名全員がお顔をそろえられそうです。

 今月の快挙!!

 しろうさん、投句3句の全句が主宰特選を獲得されました。句会始まって以来の快挙です。これはもう、日展などの無鑑査作品作者並の快挙といわずして何というべきか!はたまた、句会員よしっかりせよ!との天からの愛の鞭なのか。ただただ脱帽あるのみ。 

 皆さん、何はともあれご清詠、ご精進ください。

[主宰総評]

 合同句集を上梓して一息つく間もない感じの句会でした。お陰様で先の『今出川』は好評のようでほっとしております。

 「お世辞ぬきで人の心が素直に出ている。時に微笑み、ある句にはつい目頭が熱くなり、俳句の世界の暖かさに触れた想いです」と某氏。これはおそらく代表的なご感想でしょう。ここに改めて会員の皆様へ御礼申し上げる次第です。

 さてこの大きな節目、また新しい会員をお迎えすることとなりました。

 打越 信貴

 塗田 義啓

の両氏です。お二人ともすでに、俳句の骨法をしっかりと心得ておられるようで、両氏の今回の三句はいずれも安定した出来栄えだと感銘いたします。何卒よろしくお願いいたします。

 今回も豊作で、どなたかの弁をお借りすれば、本当に選句に迷ってしまいます。ですが、立場上やや苦い私の感想を一点だけ申し上げさせて下さい。

 それは、一句成ったところで自分は何に感動したのか、もう一度厳密に点検頂きたい。裏返すなら、自分の句を読んでくれる読者に、何を伝達したいのか、自分の感動の中心が正確に伝わるかどうかを考え、言葉を整理して頂きたい、ということです。その整理さえつけば、作句のテクニックとか技法は二の次だと思います。

[倦鳥主宰特選句五句と講評]

   秋風に秋風の径ありにけり      しろう

 日本列島は、世界有数の季節風帯に位置している。なかでも秋はもっとも多彩な風が吹き、その風は、人々の心を離さぬさまざま感懐を呼び寄せるのだ。

   おしなべて物を思はぬ人にさへ
            心をつくる秋の初風     西行法師

 初風から野分、木枯しまで秋の風は日ごとに変る。その秋風に日々変る風の径があるとしろうさんは見立てた。風の径が変れば風も変り、当然それに吹かれる人の心も日々変るのである。伝統ある秋風の本意に添う佳句となった。

   リンゴ剥く薄さを競ふ妻ありて      清 龍

 古くからヨーロッパで栽培された林檎は、数多くの神話や伝説に登場する。アダムとイヴの、創世記の禁断の木の実もしかり。(もっともいまでは、他の果実という説もあるようだが。)白雪姫を眠らせた毒林檎は間違いない。

 その曰くある林檎の皮を清龍さんは今、奥様と剥き比べておられる、いかに薄く長く繋げるかと。まず、そのお二人の子供っぽい雅気が素晴らしい。「妻ありて」という措辞は重いが、意想外に心愉しい一句となった。

   落ち鮎の串抜くたびに暮れてきし      しろう

 鮎は元気な川魚である。そのためか古代、戦況を占う魚であったとか。魚偏に占と書くゆえんであろう。それにしても「落ち鮎」とは何と哀しい名であろうか。産卵後静かに死んで川下へ落ちてゆくのだ。

 しろうさん、河原の饗宴か。串刺しにして焚き火の周りに立てる。一匹そしてまた一匹と串から外す度に、日が暮れてゆくと、周到な時間経過が示されている点見事である。

   喪ひし朋の大きさ夜半の秋      智 昭

 「夜半の秋」。秋も深まり、日暮が早くなり夜が長くなったという、情感豊かな秋の季語が夜半の秋である。序ながら、「夜の秋」という季語があるが、これは暑い夏の間でも夜になると秋めいた涼しさを覚えるという「夏」の季語である。

 朋は友より親しい間柄。親友を喪って心の奥にぽっかり空いた空洞。その存在がいかに偉大であったか、こうしてみるといくら嘆いても嘆ききれない秋の深まりである。

   むかご飯ふるさと遠く二人住む      しろう

 皆さんは、むかご(零余子)という植物をご存知であろうか。京都も大原や八瀬あたりでは、甕や笊に山盛りにして売っている豆状の芋の実。噛むと粘りがあり炒って酒の肴に無類の美味さ。飯に炊き込んだのがむかご飯。

 ふるさと遠く、夫婦二人で味わうむかご飯。ずっと昔からこうしてきたのかと錯覚する。寡黙に、これからもこうして過していくのであろうか。

 どなたにも思い当たる心の原景風景であろう。

[主宰入選句と講評]

   なかんづく鯛の兜煮温め酒      マサコ

 なかんづくはとりわけという意味の漢語。豪華な鯛の兜煮の配された温め酒。「温め酒」は重陽の日に酌む縁起の佳い酒だが、最近では、広く燗酒の意味で使われることも多い。マサコさんご自身は下戸と称しておられ修行中とも聞くが、お酒の句は多い。

   秋の朝思はず二杯お味噌汁      智 昭

 秋になると残暑の頃でも朝のうちは涼しい。酷暑を越した喜びが身体中にみなぎり、思わずお汁のお替り。俗に「馬鹿汁三杯」と言われるのだが、二杯というところが実に微笑ましいのである。

   大仏の頬のひび割れ秋の雨       満紀子

 秋の雨はもの寂しく冷たい雨というのが本意。がここでは何か安堵を感じるような雨に取れる。大仏の頬のいたいたしいひび割れに密かに同情しておられる作者、雨が心地よく沁みいるのではないかという、優しさが伝わってくるからであろう。

   離合集散の駅に立ち食ふ走り蕎麦     マサコ

 原句は「離合」だけであるが「離合集散」と字余りだが駅にふさわしい言葉に直させて頂いた。いうまでもなく駅は運命の交差点だからである。いわば運命を背にして立ち食う走りの蕎麦の美味さは格別であろう。

   友来る秋の山小屋大賑わい     河 童

 河童さんらしく何の飾りもない素朴な句である。

   朋ありて遠方より来る、また楽しからずや

   を地で行くような、喜びあふれる秋の山となった。

   円覚寺片隅に咲く水引草      満紀子

 臨済宗端鹿山円覚寺。人も知る北条時宗の開宗である。坐禅をさせることでも有名であるが、あの広大な境内で見つけた水引草。文字通り赤い水引のような長穂花である。

 いかめしい禅寺とささやかな花との対照が俳諧。

   秋の雨句集楽しと文届き      冬 草

 「今出川」でしょうか。あの句集楽しく拝見しましたとお友達。心に灯がともるようで、陰鬱な秋の雨が嬉しい雨に。冬草さんの優しいお気持ち。

[倦鳥主宰詠句]

   月の出や幸い色の窓ばかり      倦 鳥

(お知らせ)

 次回句会:11月28日(金)、17:30〜、すみれ亭、当番幹事=晶子さん

 投句締切:11月19日(水)

 次回句会から、選句は五句とルール改正いたします。

                     文責・幹事窪川和雄

Nov. 3, 2008

 秋の「ウォーキング&食べ歩き会」合同企画報告
2008年10月8日
 ウォーキングの部 10時に旧芝離宮恩賜庭園前に集合。朝まで降っていた雨もやみ、女性7名男性7名計14名で出発。この庭園は「回遊式泉水庭園〕で、池を中心とした地割と石割が見事です。海面を埋め立てたこの地は、1678年老中大久保忠朝の邸地となり、その後数氏を経て幕末には紀州徳川家の芝屋敷となりました。1871年には有栖川家のものになりましたが、1875年に宮内省がこれを買いあげ、現在は東京都が管理していて、1979年に国の名勝に指定されました。周りは高層ビルに囲まれていますが、都内では珍しい憩いの場になっています。皆さん池の周りを散策し、橋を渡り、写真を撮ったり語り合ったりしながら次の浜離宮恩賜庭園に向かいました。

 浜離宮の庭園も1654年に徳川将軍家の鷹狩場になり、海を埋め立て「浜御殿」が造られ、明治維新の後は皇室の離宮となり名称を「浜離宮」と変えました。現在は東京都が管理していて、1952年に国の特別名勝および特別史跡に指定されました。75,000坪の広大な庭には池が沢山あり、橋を渡ったり鴨の狩場を見たりして散策。お花畑にはコスモスが咲いていました。長野ではコスモスが雑草扱いとのことで驚きました。出口近くの「三百年の松」も見事なものです。

 午前中約2時間15分のウォーキングを楽しんで、12時半頃「花蝶」に到着。お疲れ様でした。

                            担当 打越信貴

 食べ歩きの部 同志社の旗をもった打越さんに先導され、12時半頃には全員無事に新橋演舞場近くの「花蝶」にたどり着きました。ここでさらに6名の方と合流して20名(男性9名女性11名)に増え、和洋折衷の創作和風料理を楽しみながら3時頃まで歓談しました。

 「花蝶」はもと新橋一と称された料亭でしたが、宮本亜門さんがプロデュースして新しい料亭スタイルのレストランに形を変えました。私達の部屋は赤と黒で装飾された二階の「ばらの間」でしたが、一階には白を背景にダチョウを描いた大広間もあり、「花蝶」は古めかしいものと新しいもの・和風と洋風の混ざり合った不思議な空間でした。

 ランチの後で、打越さんから来春の「みちのく三大桜の名所巡り」二泊三日の旅についての説明がありました。例年4月下旬がみちのくの桜の見頃だそうですので、皆さんどうぞ来年の予定の中に入れてお考えくださいね。           担当 黒田満紀子

(ホームページに掲載の写真は塗田さんのご協力によるものです。)
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Nov. 3, 2008

 同志社東京38会・第12回ゴルフコンペ結果報告
 
 東京38会のゴルフコンペも回を重ねること、今回で12回目となりました。
 予報では午後から降雨とのことで心配しましたが、ホールアウトするまでは雨に降られず、また10月下旬というのに気温が高くて夏のウエアーでプレーする人も多く、絶好のゴルフ日和の下で楽しい一日を過ごしました。
 第12回大会の幹事さんは、飯田さんと池上さんに務めていただきました。
 ご苦労様でした。以下に成績等の報告をいたします。

  ・開催日   :2008年10月23日(木)
  ・開催ゴルフ場:筑波カントリークラブ
  ・参加者数  :19人(当初予定20人のところ急遽1人不参加)
  ・成績結果  :優勝  草刈恒太氏  ネット77(グロス84)
          準優勝 別所博三氏  ネット77(グロス88)
          第3位 井上日出雄氏 ネット77(グロス103)
          BB賞 小原 謙氏  ネット92(グロス113)  
          ベスグロ賞  草刈恒太氏
         

  画像をクリックして大きな写真をご覧ください

なお、次回の第13回大会は次の要領で開催の予定です。
 ・開催日  2009年5月20日(水)
 ・場所   筑波カントリークラブ
 ・幹事   草刈恒太、小原謙の両氏

                             以  上

Sep. 6, 2008

 「38会すみれ亭句会」句集『今出川』初刊発行記念パーティと9月句会 報告 (37)
       9月26日(金) すみれ亭

 句会5周年を記念して発刊されました句集「今出川」第1号発行の祝賀会は、12名ものご来賓にご出席頂き、総勢26名の盛大な会となりました。倦鳥主宰始め句会員の皆様のお陰をもちまして大盛会裏に終えることができました。句会幹事と致しまして厚く御礼申し上げます。

 第一号句集編集長黄雀さんから「第二号は5年後ではなくもっと早く、2年後には、」との激も頂きました。ともかく、皆さん元気で例会句会に顔を合わせ、杯を酌み交わせることが永くできますよう、願っております。

 智昭さんに揮毫頂きました大作「清記」、会場に掲載展示してパーティ会場の雰囲気を大いに盛り上げて頂きました。

 招待者の皆さんにも、「句会」の選句にご参加頂き、句会のまねごとへの参加をお楽しみいただけたようです。

 各入賞者への副賞も、ひとつ足りなかったことが天の配剤で、ジャンケン遊びの余興もできました。

 ご来賓には、冬草さんご手配による、「すみれ亭句会」の特製ラベル純米酒「今出川」(倉敷の森田酒造)をお土産にお持ち頂きました。やや辛口のお酒を、パーティの余韻と共にお楽しみいただけたことと自負しております。
倦鳥主宰には、句会員に記念品「歌仙の愉しみ」を贈呈頂きました。 いつもいつものお心配り、厚く御礼申し上げます。

[主宰特選三句と講評]

  特選一席   秋の蝉共に過さむ次の世も   智 昭

  いわゆるつくつく法師とか蜩といった秋季の蝉もさることながら、本来夏に生まれるべき蝉が事情あって遅く生まれて来、やや場違いに鳴いているのがなんとも哀れ深い。遅れてきた蝉は生き急がなければならない。  「一切衆生悉有仏性」一木一草万物にいのち宿るとすれば、輪廻転生とされるこの世、この世ですごした縁を絆とし、来世も共にすごそうではないか、と秋蝉に語りかける、まことに胸打たれる智昭さんの一句である。

  特選ニ席   秋の虫変った漢字のヤツばかり  黄 雀

  俳句で言う虫は、鳴声を愛でる虫である。時期が来るといっせいに鳴き始め、肌寒なって気づくと、嘘のように消え去っている。
  さてその虫たちを黄雀さんは、名前の字面から考察し、ユーモラスな一句とした。植物の名称は、カタカナ表記とするよう学校では教わったが、改めて漢字で覗くと一挙に眺めが変る。
 蟋蟀(こおろぎ)、竈馬(かまどうま)、邯鄲(かんたん)、鉦叩(かねたた)、螽?(きりぎりす)、馬追(うまおい)、轡虫(くつわむし)、稲舂虫(いねつきむし)、??(はたはた)、飛蝗(ばった)、蝗(いなご)、浮塵子(うんか)、蟷螂(かまきり)、螻蛄(けら)などなどあるはあるは・・・。ヤツがすこぶる利いて心憎いのである。

  特選三席  日盛りや郵便局に犬と猫     しろう 

   「日盛」。盛夏の一日で、もっとも暑い正午から三時ごろまでを言うのであるが、詩的イメージの強い言葉である。ひんやりとした 室内から表を眺めるも良い。 

      日盛に蝶の触れあふ音すなり   松瀬 青々

    しろうさんはその日盛りを郵便局へ。犬を抱いて来るひとは珍しくないが、何と猫まで涼んでいるのか。  日常の小さな、ほほえましい発見を言葉少なに語る静謐な一句となった。
    「 表現の妙味は、描いてしかも空白の存するにある。絵画に於て然り、俳句に於てまた然り。」臼田 亜浪

 [主宰入選と講評]

      もの申す夫枝豆の茹でかげん        マサコ

    「ちょっ とこの枝豆硬いんと違う?」 「あら、この位が美味しいのよ。色もきれいでしょ」 ご主人がもの申すほどでもないが、夫婦間での小さな
  意見の食い違い。 まあいいか、ビールもびんびんに冷えていることやし・・・。 日常生活のちょっとした一齣が、俳句になるということの一例であ
  る。    

      新米の香りの卿を訪ねたし         清 

   天高く稲穂の実る季節となった。「新米入荷」などという張り紙を街中で見かけると矢張りふるさとの秋を思い出す。 あの見事な裏の田んぼも黄金の穂が波打っていることであろうか。 独特の甘いような新米の香りがどこからか匂ってくるような気がす る。
  こみ上げる望郷の念。ふるさとの原風景もまた大事な詩因である。

       半輪の月まだ白し秋刀魚焼く        弓  人

     旧暦でいえば八月十日頃であろうか。白い月は昼過ぎにひっそりと出る。 地上では、弓人さんがばたばたと秋刀魚を焼く準備に余念ない。ということは、たまたま奥様はお留守か。 
  さあてあとは、お酒。取っておきの「天青」を常温でと。おのずと洩れる鼻歌。
  日々是好日。

      嵐去る虫の集きや庭狭し          和 代

     台風一過、急にさわさわ と した朝が戻ってきた。所狭しとばかりの虫の競演。秋の虫は黄雀さんの句の通り。
  「集く(すだく)」群がり集る意と辞書。確かめるように刻々と変る季節。その喜びと寂しさがないまぜになって、味わい深い一句となった。

 [主宰総評] 今年の秋は、雷が大荒れであった。全く何を思ってと満紀子さんの感慨。多摩の電車が立ちすくんでしまったとユーモラスな河童さん。 富士の環雲をダイヤリングと言い取った晶子さん。霧けぶる比叡山と尾花の懐かしい風情を詠まれた冬草さん。十五夜と月下の蘭の豪華な取り合わせの西風さん。天使のようにまどろんでおられる雅子さんのお友達。それぞれいま一歩の踏み込みと主張があれば、さらに佳い句となったのにと惜しまれたことでした。

 [主宰詠]

       白粥を母へ含 ます秋日和       倦 鳥

  追記:すみれ亭句会初期の会員で、病気療養のため休会中の中村勝一さんが先日永眠されました。御冥福をお祈り申し上げます。  合掌

 次回例会お知らせ]10月例会は24日(金)17:30〜 すみれ亭、当番幹事はしろうさんです。

                      文責・幹事弓人   写真提供・しろうさん

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Sep. 6, 2008

  第8回東京38スケッチ会 開催報告−2008年8月26日
 
 8月23日(土曜日)代官山駅に10:00am 集合。

 前日の 雨の予報にもかかわりませず 10名の参加をいただきました。

 幸い 今回のスポットは大正ロマンの香る 重要文化財旧朝倉家。

 駅から 徒歩4分の距離、到着するや否や全員で屋敷内をまるで 自分の家ようにはしゃいで見て回りました。やわらかい曲線に並べられた屋根瓦に雨がポツリ、ポツリと来たのを尻目に 廊下や回廊式庭園で それぞれが腰をすえて スケッチに没頭、視線を高くする為に 廊下に腰掛をたてて 管理のおじ様をあわてさせる一幕もありましたが わざわざ廊下に敷く手ぬぐいをお貸しいただいて、いたれりつくせりでした。

 昼食は西郷山公園で お弁当をひろげました、参加者全員の熱意に敬服したかの様に雨も一休み。

 午後は 木の家展示場でカラフルな湖畔リゾートの空間を見学、別荘の良さ、不便さについて 話題が盛り上がりました。

 3:00amには EAT CAFÉにて 合評会 灯篭の重量感と家のバランスを考えたスバラシイ作品、ノスタルジックな佇まいの 大正家屋を取り込んで 楽しい ゆったりとしたひと時が過ごせました。

 参加者は池上、池田ご夫妻、加納、黒田、東、金田、久保木、飯田夫妻の 各氏でした。
 次回は11月にお目にかかりましょう。

     文責:飯田禎彦

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Sep. 6, 2008

  すみれ亭句会報(36)−平成20年8月29日 於すみれ亭
 
 句会満5周年を迎えるに際し、句会員も14名となり、今句会も13名の大盛況でした。
しかも、全日本クラスの超弩級作品を始め、優秀佳句の揃い踏みで皆さん選句に悪戦苦闘のご様子でした。

 正木ゆう子さんの「作句のポイント」(読売新聞掲載)を目にしました。常日頃の倦鳥主宰のご指導どおり、他の人の句を鑑賞しなさいとのこと。僭越ながら引用させていただきます。

 「たゆまず作って出して、結果に頓着しないこと。人の良い句を楽しむこと。それこそが俳句の心であって、それはプロの俳人でも同じである。良い句を作るのは難しい。だからこそ良い句であれば、人の句でもいいから皆で楽しむのである。良い句は作者個人の誉れではなく日本語の共有財産だと私は思う。」

<倦鳥主宰特選句、入選句とその講評>

     夏の日や鬼の角なる髪かたち       弓 人

  足かけ五年目に入った当句会で、はじめて鬼の句の登場である。わが国の伝統芸能は、鬼の登場をみてより、いよいよ面白くなるのです。
  今日では、鬼は魔物と思われがちだが、本来は違った。各地の民族行事で、春にやって来るまれびととしての鬼は、神と考えた方がいい。
  伝統的な鬼は、思いつめた女の情念の果て、蛇身になって川を渡ったり、男を呪いながら消えない思慕を引きづっていく。
  弓人氏お鬼は、夏の日盛りの、女人の影の中に見える鬼であろう。あでやかな女性、ふとその影に目を据えると、なんと角まで生やした怪しい鬼の姿。
    われを頼めて来ぬ男/角三つ生ひたる鬼になれ/さて 人に疎まれよ/
   霜 雪 霰降る水田の鳥となれ/さて 足冷たかれ/池の浮草となりねかし/
   と揺り かう揺り 揺られ歩けり          (『梁塵秘抄』)
 あにおそろしき夏の真昼である。

     息ひそめ「長いお別れ」読みし夏     満紀子

  すみれ亭では、海外文学を素材にした句もはじめてではないか?
  何故か息をひそめて、隠れるようにしてか、息を呑む想いをしてか、長編を読み切った夏。海外文学を読みきるには、ある程度の若さと体力が必要であり、未だそれを身に備えておられるらしい満紀子さんに羨望の念を感じる次第。
  首題、レイモンド・チャンドラー原作、村上春樹訳『ロング・グッバイ』。一九五三年発表以来の世界的ベストセラーで、今では完全なアメリカ文学の古典となっているのだが、その新訳が先年出た。六00頁にのぼる大冊である。「三十年と十か月と二日にわたって、彼女は私の人生の光明であり、私のすべての野心だったのです。」
  満紀子さんは今、満足感に満たされた、至福の夏を迎えられたのであろう。

     お盆にはこんなにホームが広くなる     晶 子

  都会の生活も長くなると、生活に慣れきり呼吸にも無感動となる。感じることが少なくなり、すべてを当たり前のことと見過ごしてしまうのだ。
  そのような日常、晶子さんはある朝の駅の変化を、純真な子供のような眼で読み取った。
  いつもは、通勤通学の混雑で、ホームの床のタイルなど見られやしない。と、今朝は、人影もまばら、通りを越えて向こうの喫茶店まで見えるではないか。
  「この駅のホームは、こんなに広かったんだ」というささやかだが新しい発見が晶子さんの句の核である。
  素朴な口語調も一句の成功の要因となった。

     ちちろ鳴く酌み交はさうよといふ声で    しろう

  正直蓋を開くまで、本句がしろうさんの作品とは予想もつかなかった。
  本句も口語調でメルヘン仕立てである。ちちろ虫は言わずとしれた「こおろぎ」である。こおろぎの幼虫は、秋が近づき日が短くなると成長が早まり、急速に親になる。
  そのこおろぎが「酌み交はそうよ」と鳴いているのだとは、不覚にもこの年になるまで気付かなかった。このように心楽しい一句に接し得るのもしろうさんのお陰だと俳縁に感謝申し上げる次第である。

     百段の真ン中にゐる大暑かな        しろう

  秀句の条件は
   @ 耳で聴いて即座に納得ゆくこと。
   A 語り過ぎず、寡黙であること。
   B 寓意に富み、人生に暗示のあること。
   C 「季語」が動かず、切れ(切字)のあること。
   しろうさんの句は、これらの諸条件をことごとく兼ね備えているから驚く。
   これはもう超弩級の傑作であることに間違いはない。

     亡き祖母の寝物語の団扇かな        雅 子

 団扇の記憶もわれわれの世代では捨て難いものがある。
 祖母には、夜伽をせがみつつ寝につくのが大方であったろう。やがて話の筋も怪しくなり、団扇の動くも鈍くなる。「おばあちゃん」と催促する子供。

     八月十五日少女赤い靴はいていた      清 龍

 自ら「引揚げた」と言われる清龍にとり、八月十五日の記憶は決して忘れられないものであろう。ひときわ印象に残っている「赤い靴」。同胞の中で見たのか、外国人か。
童謡、童話の世界を縦糸、横糸に深い世界となった。さりげない表現、胸に沁みる。

     横臥して湯船から観る居待月        西 風

 ちょっと怠惰な居待月であるが、どうせ座っても横になっても似たようなものだと言わんばかりの、伝法な西風さんの態度が良い。既に鼻歌の一曲も出ているのであろうか。「コウイチはどうしてるかなぁ」

     仏前の桃の香りでありにけり        智 昭

 万物とわれわれはもともと一体である。故に仏前でこそ自分には前の世があり、現在があり、先の世があると厳粛に自覚できるのである。供えられた桃の香りは、無条件に尊い。「優しけり」なる措辞は必要ない所以である。

<主宰詠句>

     ねむごろに犬洗ひをる終戦日

[お知らせ]
すみれ亭句会合同句集『今出川』を上梓しました。
 発行記念祝賀会を9月26日(金)PM17;30、新宿野村ビル「味の里」すみれ亭で開催。
 9月記念句会例会は、お休みです。

 次回例会句会は、10月24日(金)、当番幹事はしろうさんです。
                                        文責・幹事 窪川弓人

Aug. 12, 2008

  すみれ亭句会報(35)−平成20年7月25日 於すみれ亭
 
 前回の「河童」さんの俳名お披露目に続き、坂部博志改め「清龍(せいりょう)」さんの俳名お披露目がありました。おめでとうございます。

 黄雀編集長の苦心の結晶、句集「今出川」が全貌を明らかにされました。9月上梓をお楽しみに。また、この句集を記念して、冬草さんが倉敷酒蔵の友人に純米酒「今出川」を作って頂きました。句会の席で味わうわけにはいかず、おもたせで、各自しろうの杯で美味を味わいました。ありがとうございました。

 前句会と今句会のあいだに、始めての試みとして、ウエッブ連句、「河童歓迎」の巻、「七夕」の巻と歌仙二巻の催しがありました。初めてのことで、しどろもどろ。巻いたのか巻かれたのか、メールの添付はした事がない、どうなってんの?添付が開けない、などなどかなり騒がしいでしたが、PCの扱いに精通した方もおられて、これはこれで成果が上がったものです。連句については、期を改めて倦鳥主宰にご解説いただくことに致しましょう。

倦鳥主宰総評

 黄雀さん苦心の合同句集と冬草さんご芳志の清酒『今出川』それぞれ感激いたしました。また清龍さん、おめでとうございます。例によりまして巻こ、巻こ・・。

   冷麦や三すじの青を奪ひあひ     清 龍

    黄色と赤はすでに胃の中      倦 鳥

 あとは順次、取りあえず私宛お寄せ下さい。



主宰特選三句と講評

    妻の留守厨磨きて涼新た      西 風

 実に俳人の特権と誇りは、常に現実より一歩先んじた季節を探って生きること。西風さんの本句の季語は「涼新た」つまり「新涼」(秋季)と、その意味で全く模範となるものである。
 そしてその涼しさの源は、たまたま奥様の留守に手がけたキッチンを磨き上げる作業に没頭した結果であるというのであるから、無類の模範的なご主人と言えるのである。
 滅却心頭火自涼(心頭を滅却すれば火も自ら涼し)と泰然として火中に没したかの快川和尚もアッとあの世で驚いておられることであろう。

    OLのランチ大きな冷奴       しろう

「虚実皮膜の間」という言葉がある。いわゆる「虚」(ないこと・うそ)と「実」(あること・まこと)の間。近松門左衛門もその間は紙一重と言ったらしい。また芭蕉も「言語は虚に居て実をおこなふべし。実に居て虚に遊ぶことはかたし」と。
 さてしろうさんの「虚実皮膜の間」実践編、いかがであろうか。こんにゃく、ところてん、お豆腐がいわゆるお勧めのヘルシー食品として若い女性に珍重される話は理解できる。
 「えーあんた、お昼に冷奴一丁も食べるん?」

    盆僧の車窓の風に居眠れり     マサコ

 近頃はハーレーやジャガーで、お盆の檀家回りをするお寺さんもあるそうだが、掲句は、やや郊外の檀家回りであろう。三百軒もある檀家の全てを廻るには、細かく電車のダイヤを調べて、一週間以上も前から着手しなければならない。しかもその間にお葬式があったりすると予定が狂うので、住職は箱根駅伝以上のピッチで檀家回りを実行する。

 「やれやれ今日の予定もこれで終りや」。窓を開けると心地よい青田風。連日の疲れも出てふうっと居眠りでも催しそうな仕儀。マサコさんもどこから見ていたのか、観察が実によく行き届いているのに感心するのである。

 要は常識に陥らず、常に冒険、挑戦を忘れないこと、もっと言えば「爺むさい句」を作らないようにいたしましょう。明るくプラス思考で。

主宰詠句

    もつれ夏蝶恋の鞘当かもしれぬ   倦 鳥


<お知らせ>
 
 8月句会は、8月29日(金)、17:30〜 すみれ亭
 
 9月には、すみれ亭句会員の合同句集「今出川」を始めて上梓いたします。ささやかながら記念パーテイも企画しています。

           文責・幹事弓人

July 11, 2008

  すみれ亭句会報(34)−平成20年6月27日 於すみれ亭
 
 今回はゲスト2名のところ、都合により「河童」さんお一人となりましたが、意気投合、句会員皆様の厳正なる審査に見事?パスして即日入会決定。

    初句会このうれしさよ皆に迎えられ   河童

 デビュー投句は、7月例会からですが、一足お先のお披露目です。(連句が巻かれることとなり会員みんな右往左往と...)

 主宰総評にありますが、陶工「しろう」さんから、自作の「ぐい呑み」を、句会5周年記念として皆さんへ贈呈頂きました。杯が進みすぎるなどのうれしい悲鳴も上がっていますが、ありがとうございました。

倦鳥主宰総評
 会を重ねることすでに34回の定例句会、お陰さまでぶじ終了することができました。喜ばしい特筆事項がいくつかありました。「五周年記念しろう杯」を全員に頂戴いたしたこと、初参加の諏訪さんが即入会、さらには「河童」という俳号をきめられたことなどなどです。
 俳句の要素のひとつに「挨拶」ということがあります。挨拶の句があると「付け句」でお返しをいたします。さっそく頂いた河童さんの句を発句として今回寄せられた句を織り込み、連句(もどき)を巻いてみましょう。(幹事註:連句は、別原稿で発表いたします。)


主宰特選3句と講評

    蒼ざめた薔薇に出会ひし新宿駅    満紀子

 病んだ現代を象徴する斬新な一句である。
 新宿駅...一日に四百万人近い人々が乗り降りする世界一の規模を誇る。ありとあらゆる人々がすれちがい、知己と出会う確率は先ず零。そんな天文学的数字の雑踏で出会った「蒼いバラ」とは何だろう。オランダの青いばらではあるまい。白バラが蒼ざめているのか。花詞は「私は貴方にふさわしい」。
 今朝も次々通りすぎてゆく「蒼いバラの花たち」。それは心を病んだうら若い乙女たちなのであろうか。

    尼寺の昔を語るホトトギス         黄雀

 日本人にとって鶯が春を告げる鳥なら、時鳥(ホトトギス)は夏の到来を告げる鳥である。古来、人々はその初音を待ち望み、忍び音を聞いて胸をときめかし、農村ではその初音を聞いて田植えを始め、山芋を掘った。よく「トッキョキョカキョク」と聞きなされるが、伝説ほどその鳴声は美しくないものの、心やすまる鳥である。

    いづくには鳴きもしにけむほととぎす吾家の里に今日のみぞ鳴く   大伴家持 


 その昔尼寺であった某寺。一千年を経た現代も、往時をしのばすこの鳥は、毎年季節の到来を告げるのである。

    賢兄も愚弟も笑顔桜桃忌         しろう

 桜桃忌は言わずと知れた太宰治の忌日。
 昭和二十三年六月十三日、太宰は愛人山崎富栄と共に、玉川上水に入水自殺、週日、その遺体は見つからなかったという、遺作の「グッド・バイ」を残して。
 大文豪の命日で、現在も粛々と慕われている稀有な例である。
 社会的に地位のあった兄たちは早世し、身をもちくずしかけた自分だけが残った悔恨。 

 しろうさんの作品、「笑顔」でその暗い太宰の境涯が救われるのである。

主宰準特選3句と講評

    畦川に蛇飛込みし後知らず       マサコ

 わが国では、昆虫類のほかに、主に地表を這う種類や土中にひそむものをもっぱら虫と呼んだ。蛇ももちろん虫であり「長虫」、「マ虫」の別称がある。
 マサコさん、後知らずと言っているが、本当に無関心なのではない。夜になってもその長虫の行方が頭から離れない。その印象はそれだけに尋常ではなかったのである。平成の世も蛇の記憶は強い。

    生きたいと書かれし短歌枇杷届け   冬草
 大学卒業後、終始一貫して社会福祉関係に携わってこられた冬草さんの作品は、ときとして思いがけない重みをもってわれわれの胸に迫って来る。
 われわれは、かりそめにも「生きたい」などと認めた書簡や短歌に接する機会はない。そうした切羽詰った相手に「間違いなく枇杷よ、届いておくれ」という痛切な願いがひとしお心に響く。

    亀の子の水面の鼻面七つ八つ     弓人
          黄金の中山に、鶴と亀とは物語り、仙人童の密かに立ち聞けば、 
          殿は受領になりたまふ    (梁塵秘抄)
 浦島太郎をまつまでもなく、亀もまた日本人の古い友人。
 亀の子は、身体の割りに眼球が大きく、愛嬌がある。今、弓人さんのその亀の鼻面をクローズアップした、トリビアリズム(瑣末描写主義)である。鼻が七つ八つなら鼻腔は十四十六という判然とした俳諧がおかしい。

主宰「まとめ」 俳句で成功しにくいテーマ・・俳句は万能ではない
  @通俗的興味(三面記事なもの)
  A川柳的な洒落、皮肉など
  B理屈の世界(三段論法、原因結果的興味のもの)
  C世故、人情もの(お涙頂戴、美談、道場、教訓、警世など)
  Dイベントの報告
  E陳腐なもの(言い古されたもの、詠い古されたもの)

主宰詠

    義経はイケメンなりし夏木立       倦鳥

次回お知らせ: 7月例会=7月25日(金)、投句締切=18日、月幹事=西風さん 

          8月例会=8月29日(金)

                                         文責・弓人
<番外>ウエブ連句「河童歓迎」の巻き    すみれ亭

下の句のどこでも構いません、クリックすると普通サイズの字でお読みいただけます!

July 5, 2008

  すみれ亭句会報(33)−五月例会句会  5月23日、新宿「すみれ亭」
 
 若葉や初鰹を楽しむ時季から、うっとおしい梅雨の到来を目前にして、いつもの愉快な飲み仲間?の楽しい例会句会の報告です。次回句会にはお二人のお客様がある模様です。また句会員の輪が広がるかもしれません。大いに楽しみです。

倦鳥主宰総評
 五周年記念作品集編集の時期と平行して、一段と力の入った句会となりました。少しばかり句会の時間が足りないうらみがありますね。今回も粒揃いのラインナップであります。

主宰特選句と講評

     音たてて筍飯を食らひけり         博志
 筍飯は時節になると必ずと言ってもよいくらい食膳に登場する、和食のスターである。
 茶碗に盛って軽く散らされた山椒の葉のニ三片、日本に生まれてよかったなあとしみじみ思う。
 食卓のまわりで、それぞれに筍を齧る音。それだけですでに現代の俳諧である。さらに「食らう」とやや乱暴な措辞。おいしさと食のスピードまで連想されるうまい表現となりました。

     夏めくやワインカラーの似合ふきみ    智昭
 氏は、現役時代の手堅い仕事ぶりを思わせるかのような誠実な作風である。が、時として連衆をアッと言わせる、艶なる変化球を投じてくることがあり、それがまたすこぶる面白いのである。たとえば、「たはむれの恋人岬秋暑し」(19年9月)。その周期がまた到来した。
 掲句、詮索不要。時はふと汗ばむ感じの薄暑。さわやかな胸のときめきが若々しく、それにムッと参ったおのおの方もあったようだ。

     縁あればこの地に根づけ苗木植う
     夕櫻子の柔髪を洗ひけり          しろう
 申し分のないニ句である。
 縁あればの句。一句を貫くものは、人間界、自然界を問わず平安を念じる心である。氏の好むレクイエムの終楽章の安らぎにも似、深い寓意が読み手の心を癒す。根づくか根付かないかは、運次第ということも、厳しいがまた事実である。
 「柔髪」(にこがみ)と読む。にこ「和・柔」体言に冠して「やわらかい」「こまかい」の意を表すと広辞苑。日常あまりお目にかかることのできる言葉ではない。
 偶然であろうが、私の師、細川加賀の句に
     芦の絮(わた)子の柔髪にやや寒し (昭32年作)
があり、久々に旧師にお会いするようで懐かしかった。
 嬰児の絹のような髪を洗うがごとく散りかかる夕桜。そこには、日本の伝統が脈々と生きづいているのである。

主宰準特選句と講評

     花の雪つもりつもりてまた積り      黄雀
 この句もまた長い日本の美しい伝統を引いている。
 またや見む交野(かたの)のみ野の桜狩り花の雪散る春のあけぼの(新古今集) 

 われわれは、何百年も雪のように降り積もる花を、飽くことなく眺めてきた。
     鶯も傘きていでよ花の雪          利休

     筍を掘り起こすてふ閻魔堂         弓人
 閻魔堂には氏が長年通っている弓道場がある。時節になると弓を引き絞りながらの話柄に、筍も登場するのであろう。張り詰めた空気と静寂のなかに低い声が流れる佳句である。
  
     暗闇祭しっぽふる犬法被着て       満紀子
 府中の大国魂神社の宵祭は耳にしたことがありますが、全国各地でも催されるのか。
 愉快にも法被を着せられた犬が、尾を振る様子を想像するだけでも心が浮き立つ。絵心に富む満紀子さんだけあってスケッチがさすがだと思う。

     蝌蚪の水をさなの顔の混み合ひて    マサコ
 難しい文字の蝌蚪(かと)はオタマジャクシのこと。水中ではおたまじゃくしが混み合い、水の上ではそれを覗き込む幼い子供たちの顔が込み合っているという二つの世界を活写して、面白い句となった。ちなみに蝌蚪とは古代中国の文字の一種。ねばった漆を使ったため、一点一角の頭が太く、おたまじゃくし状に見えたところから名づけられた。「蝌蚪」は七文字が二文字で済み、俳句にはうってつけの言葉である。

 主宰入選句
新茶汲む母の白寿の遠からず マサコ
五月雨や包丁の音聞ゐて寝る 雅子
葉隠れの青梅四つ如何にせむ 和代
揔(たら)の芽を隣にわけたし勿体なし 冬草
田植え歌聞えぬ畦道黙々と 西風
春時雨開港祝ふ踊りの輪 晶子

 主宰詠句
       金色の春蚊うれしき朝湯かな

 次回6月例会句会は27日(金)、いつもの時間と場所で催します。
 句集の編集も、黄雀編集長の頭の下がるご尽力と編集委員の熱意でいよいよ第四コーナーを曲がり最後の追い込みに入りました。 お楽しみに。
                    文責・句会幹事弓人

July 5, 2008

  同志社東京38会・第8回懇話会開催報告
 
  開催月日:2008年6月3日(火) 13:30〜16:00
  場  所:同志社大学東京オフィス・セミナールーム
 今回の懇話会は過去最高の参加者となる34人もの出席を得て、開催されました。諏訪さん、磯田さんお2人の講師のお話の内容と相俟って大盛会となりました。
 また懇話会の散会後は、一杯盃をかたむけたり、お茶会を持ったりして、更に懇親を深めた方々もおられた様でした。
 次回の第9回は10月下旬〜11月に開催の予定ですが、講師を務めていただく方を募集しております。持ち時間40〜50分で、これまでの経験とか趣味、あるいは時局に対する意見等々、テーマは自由です。
 これまで懇話会に出席されていなかった方も含めて、奮って応募して下さい。
   ご連絡先・・・奥山 博司 Email:woxingaoshan@cnc.jp
           TEL&FAX:043−253−0460
[講演概要]
1. 諏訪順一氏 『私とアジア』
(1)  繊維メーカーに就職したが海外勤務が長く、中でもマレーシア、シンガポール、インドネシア等アジア諸国が長かったが、そこでの会社生活のなかで経験したことのうち、強い印象を受けたものとして、
・シンガポールでタクシーの乗車拒否に合ったこと。
戦争中に親が日本人に殺されたという運転手であったためであるが、 いまだに日本人に厳しい見方をしている人が、アジアには存在する ということを再認識。
・マレーシアの工場勤務時代には、現地従業員(女性)に「バカヤロー」という言葉を浴びせて大騒動になったこと。
倫理観のしっかりした、潔癖性の強い国柄のマレーシアでは、日本人が感じるよりも数倍も屈辱的な言葉で、土地柄を弁えて言葉は使わなければいけないことを痛感。
・インドネシアのジャカルタにある旧オランダ総督邸の「半地下」の構造物が、統治時代に罪人を繋いでおくためのスペースであったと知り、オランダの植民地統治のやり方のヒドサを感じたこと。
・それとは対称的に、同じ統治者でもマレー半島においてイギリス人は尊敬されていて、イギリスの統治のやり方の巧さに感心。
(2)  これらの経験から、日本(人)の国際化を考えるとき次の点が重要だと思っている。
・アジアとの協調の道を選ぶしかないことを、日本人はもっと認識する必要がある。
・国際化とは相手を理解、尊重したうえで、こちらの主張もハッキリと言うことであるが、そのためにも日本の伝統、習慣、文化、技術等をよく勉強し自信をもって伝えることが大切である。
・今も多くのアジアの人々と付き合っているが、こういう小さい交流が、いずれは大きな国際化に繋がっていくものと考えている。
(3)  会社勤務も終えて、これからの充実した人生を送っていくためには、これまで歩んできた経験を活かして、更に何かを勉強していくことも大事だと考えている。予ねてより興味のあったインド(英領インド)に関して勉強を始めている。
 また、一度しかない人生であるので、自分らしく、自分に正直に、かつ自分に誇りをもって生きていきたいという思いをこめて自分自身についての本も書いてみたいと思っている。
2. 磯田 昇氏 『阪神大震災が人を変えた』
(1)  兵庫県西宮市の夙川に住んでいたとき阪神大震災に被災。まさに「阿鼻叫喚の世界からの生還」を果たしたが、この大震災でいろいろの思い出が残る大切な家屋、家具類を失ったのと引きかえに、いままでともすれば忘れがちとなっていた“家族の絆”、“人間の絆”の大切さを手にすることができた。それは
・乏しい食料、水、衣類を見ず知らずの他人と分かち合う互譲の気持をほとんどの被災者が持ち合わせていたこと。
・見知らぬ人の遺体にただひたすらに合掌し、共に涙し、そして花も線香もないけれど精一杯の心のこもった野辺送りをする人々の姿があっちこっちで見られたこと。
等によって実感している。
(2)  被災後、大宮市に転居して会社勤務も続けたが、ふと、多くの人が亡くなったのに自分だけ安穏に暮らしていてよいのだろうかと、考えるようになった。これまでの人生の過ごし方が無為であったのではないかと反省させられ、これからの人生は以前にも増してより一層充実させなければいけないと思い、会社を早期退職してボランテイア活動に入ることになった。
(3)  活動の中心は主として南米での日本語教育活動である。
ブラジル・アマゾン流域の町であるベレーン(Belem)、トメアス(Tome-Acu)で日系2世、3世に対して日本語を教えているが、漢字の意味なども生徒が興味を引くような教え方を工夫して教えている。
(4) 彼らは身の回りに日本製品が溢れている生活をしているので、もっと 日本のことを知りたいという知識欲が旺盛であり、また彼らの生活からは日本の精神、日本(人)の心といったようなものを、教える側としてはもっともっと伝えていくことが、非常に大切なことであると感じさせられている。
(5) 当日はパワーポイントを使って、旅をしたなかで特に魅せられた所として、パナマ運河の凄さ、アマゾンのスケールの大きさ、アルゼンチン南部のパタゴニアの氷河等の紹介があった。
(6) その他のボランテイア活動としては、「阪神大震災 語り部ボランテイア」を続けており、また週2回、非常勤ではあるが大学の教壇にも立っている。これらの活動を通して今後の日本は例えば看護士や介護士といった仕事をする人の多くは、海外からやってくる人に頼らざるを得なくなると思う。こういう状況は社会のあちこちに現れてくる時代になるので、彼らと仲良くやっていく社会「多文化共生社会」に対応した生き方をとっていくことが大切だと思っている。
(記.世話人 奥山)
 

July 5, 2008

  春の「食べ歩き会」報告  2008年6月4日
 
 もう梅雨に入ったのか雨の日が続いていましたが、この日は曇天ながら時折薄日もさしたりして、お天気も何とか私たちを困らせない程度に持ちこたえてくれました。

 参加者は、男性5名女性10名。11時に新宿の小田急ハルク前に集合して、東郷青児美術館で「モーリス・ド・ヴラマンク展」を鑑賞。ヴラマンクは、強烈な色彩の対比と荒けずりな筆致を特徴とするフォービズム(野獣派)の画家と言われていますが、大胆で野性味のある画風はなかなか見ごたえがありました。初期から晩年までヴラマンクの作風の変遷の様子もよくわかり、皆熱心に鑑賞しておりました。

 12時半頃から、京王プラザホテル内の「五穀亭」で韓国料理のランチ。韓国といえばヨン様の国ですが、韓国料理は初めてという方も何人かおられました。幸い「五穀亭」の韓国料理はあまり辛くないので、辛いのは苦手な方たちも何とか大丈夫だったようです。ここでは、特に石焼ビビンバが美味しいと好評なのだとか。食事をしながら、「ウォーキング部会」担当の打越さんから、来春4月下旬の「北東北の桜を鑑賞する旅」のお話も出たりして、楽しいひとときを過ごしました。

 食後、希望者は東京の街を見渡せる45階のラウンジでお茶を飲みながらしばらくおしゃべりをして、解散しました。

 次回は、10月第二週目に「ウォーキング部会」との合同の企画を計画していますので、今回参加できなかった方もご都合をつけてぜひご参加ください。

            「食べ歩き会」担当  黒田満紀子

写真提供:久良木京子様  画像をクリックして大きな写真をお楽しみください