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July 5, 2008

 結城哲彦様お祝いの集い
 
 同志社京京校友会の運営を、代表幹事として献身的になさっています、結城哲彦様(33・> 法)の、「現役満50年と出版をお祝いする集い」が、6/25にホテル インターコンチネンタル 東京ベイで行われ、100名余がお祝いにかけ
つけました。

 首席で法学部を卒業後、伊藤忠に入られ、現在は税理士法人トーマツ・コンプライアンス・法務室長(初代)を勤められ、9月から新たに事務所を開かれるご予定で、ますますお元気な様子に集った人々から数々のお祝いの言葉が述べられ、公私ともに、お知り合い、ご友人に恵まれておられるお人柄が偲ばれました。

 大滝公認会計士、大谷同志社総長、木村セコム(株)会長、ほかの方々からの暖かい祝辞、および公認会計士の息子様が、結城哲彦様の誕生から今日までの写真入りプロジェクタによる説明をされ、氏ご自身の最後のあいさつで、「50年働き続けられた健康を、親に感謝しなければ。」 と言われたのが印象的でした。

 今後も、ますますお元気で、健康に留意され、校友会の今の要のお役目をお続けいただきたいと思います。

       編集部一同

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Mar. 26, 2008

 当会村田副会長が叙勲
 
 東京校友会の副会長、村田士郎さんが、永年の医療業界の発展に寄与された功績で、昨秋(2007)の叙勲にて、皇居で天皇から直々に、旭日小綬章を授与され、その祝賀会が今年1月31日、帝国ホテルで催されました。木村同志社東京校友会長、大勢の校友、伊吹自民党幹事長、丹羽元厚生大臣ほか総勢500余名が集いお祝いがなされました。
 日清医療食品(株)の会長として、永年、日本病院寝具協会、ダイアパー事業振興会、日本メディカル給食協会をリードされ、我が国の病院関係のハード、ソフト面の充実は、氏の存在がなければ、なされえなかったと言われております。

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丹羽元厚相

伊吹自民党幹事長

旭日小綬章

村田ご夫妻

Dec. 29, 2004

 樹徳会に出席して
 
 12/13日樹徳会の東京支部総会に「東京40会」の井関君の誘いで樹徳会の世話人の藤原 広一さんに連絡し、初めて参加しました。

 商学部のOBばかりではなく、東京支部の長老や先輩、後輩が出席し盛会でした。特に、鷹取大先輩夫人の飛入りシャンソンもあったりして楽しい夕べでした。

 ゼミの会(木節会)にも、出席したことがなかったのですが、牧野理事が木節会の第一回生だったこと、同期の室君、42年越智通久君は木節会幹事であることが判明しましたが、ゼミの成績が悪かったので、足がやや遠かったことが原因でした。

 今回は初参加でしたが、大先輩や後輩とも親しくお話をすることもできて、又会場も青山ダイヤモンドホール(牧野先輩のご好意?)で、料理もトレ・ビアンでした。

 「東京40会」幹事  近 藤      章(Akira Kondoh)
             kondoh@mve.biglobe.ne.jp
樹徳会に出席して

写真提供:近藤章様

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Dec. 25, 2004

 2004年10大ニュース
 当同志社校友会東京支部に関わる、本年1年間の10大ニュースを広報委員および関係者の間で選出しましたので、ここに発表させていただきます。

* 大学の格付けダブルAプラス取得、大学では早稲田、慶応義塾と共にTOPに!
* 年次会として「東京39会」および「東京40会」発足!
* 100mの長い隊列になった東京歩こう会、正規会員数は70名を突破!
* 支部会員黒木和雄監督山路ふみ子映画賞受賞、同じく支部会員の作家保阪正康氏菊池寛賞受賞!
* 支部理事の志村和次郎氏が新島襄先生に関する2冊の著書を発刊!
* 1月10日のラグビー応援で東京支部が首都圏OBラグビーファンを集結!
* 通信協力費会員・会費納入振込み者数(口数)が1000名を達成!
* 名簿登録の東京支部会員数1万人を突破!
* 同志社東京ニュース完全8ページ化でますます充実!
* 「同志社ネット」に本年新卒新人の阿部智美さん主宰による「ともみのコーナー」新設!

 本年1年間同志社校友会東京支部活動に並々ならぬご協力、ご理解を賜り、世話役一同心より感謝いたします。皆様にとりましても素晴らしい新年がまいりますように祈念します。

Oct. 19, 2004

 谷口徹選手が日本オープンで優勝
平成2年商学部卒の谷口徹選手(プロゴルファ)が、去る14日〜17日まで石川県の片山津G.C白山で行なわれたゴルフ・日本オープンで、通算スコア3アンダーで優勝しました。日本オープンは、たくさん行なわれている試合でも最も権威ある試合で、まさに日本一を決める試合です。今回の試合の行なわれた片山津は難コース、しかも最終日は日本海の強風が吹く厳しい条件だったようです。事実、アンダーパーは谷口選手だけで、また4日間首位を守りつづけての勝利でした。谷口選手は、一昨年、賞金王になりましたが、この2年間体調が良くなく、優勝から遠ざかっていましたので、今回は涙の優勝でした。

Oct. 11, 2004

 同志社大学の新しい施策について
  同志社大学の新しい施策についての反響をデータで見る
  母校では、本年、法科大学院(ロースクール)、専門職大学院ビジネス研究科(ビジネススクール)、政策学部が発足、来年4月には文化情報学部、社会学部などの新設も予定されている。私どもOBとしては、その成果を大いに期待しているものであるが、とりあえずはロースクール、政策学部の本年志願者数などのデータで、世間の反応をうかがってみた。
[ロースクール]
募集人数:150名  志願者数:1,447名  合格者数:234名  入学者:156名
入学者の出身大学
・同志社大学  60名 ・京都大学  25名 ・大阪大学  12名
・立命館大学  8名 ・中央大学  7名 ・早稲田大学  6名
・東京大学  5名 ・神戸大学  5名 ・大阪市立大学 4名
・慶応義塾大学 4名 ・関西大学  4名 ・九州大学  3名
・一橋大学  2名 ・その他  11名
なお、合格者の平均年齢は26.5歳でしたとのこと。
[政策学部]
一般選抜試験募集人数:208名   志願者数:2,059名
合格者数:546名 (入学定員:400名)  入学者数:402名
*入学定員と一般選抜試験募集人数との間に差があるのは、選抜方法として、アドミッションズオフィス方式(AO入試。自薦型の公募入試)、推薦入学などがあるため。

  以上は、「同志社大学入試ガイド2005」などで発表されている数字によった。

Oct. 7, 2004

 中国の「中秋節」雑感
 中国で日中の架け橋になるべく、日本語の普及に努め、南昌大学で日本語教師としてかれこれ5年目に入られた、東京37会、堀江さんから、あちらでのことが書かれた下記の記事と写真とが送られてきました。
        (野崎哲郎 東京37会・工)
中国の「中秋節」雑感

 今年は、9月28日の夜、中国時間9時17分頃(日本時間10時17分頃)が満月で、夜空は、月明かりでもっとも明るく輝いた。「月明没看星」と学生が中国語で言った。実際に眺めていると、天頂に掛かるころがまん丸になり、ウサギの持ちつきのような影が見えたが、学生に月の中に何が見えるかと尋ねると、黒い影が見えるだけだといった。日本ではウサギが餅を搗いているんだよ、と言っても怪訝な顔をしている。中国では「月餅ユエビン中国語)を食べるでしょう、そのお餅は、月で搗いている餅だよ。と言ってもヘエという、不思議そうでなるほどそうかな、と言った感じだ。月餅は、一個、約五元(70日本円)ぐらいで、中身は、小豆の餡子だ。中に小さな鶉の卵の黄身のようなものが入っているものがあり、これがお月さんを表している。中身は餡子ではなく、水飴が入っているものや、ピーナッツで固めたものなどいろいろだ。日本語の先生をしていると、外事処(外事辯公室)、大学の先生グループ、学生達から沢山貰って、机の上は山積みになる。毎朝食パンの代わりにこれを食べたり、冷凍庫に保存しても春まで残ってしまう。 日本では、お団子と果物に、ススキという秋の野草を供え、月見をする。教養のある人は、月見の会で、俳句を読んだり、お話をする、というと、俳句とは何ですかと、透かさず質問攻めになってしまう。

 日本では、月餅の代わりに、白い小さなお米で作った団子を備えるが、これも地方によって、団子の形に地方色がある。中国では、画像のように大きな柚子だが、これは、八百屋さんで、約五元(70日本円)ぐらいで、まずまず、水分もちょうどよく含まれ、甘さも程ほどだ。

 今回は、大学新校舎の芝生に座って、いろいろ雑談したり、歌を歌ったが、校舎周辺は、学生たちのもってこいのデートコースで、あちこちに二人組みが座っている。一人ではとても散歩できるものではない、とある学生が教えてくれた。こうして17歳ぐらいからの学生たちが育っていく。

 中国の大学は全寮制だ。改革開放と言ったところかな。

 郊外の原野に開かれた新校舎は、空気もよく、勉強にはもってこい> のところだが、周辺はずっと原野で、街までは遠い。十時半が門限である。11時消灯で、学生寮の電灯がいっせいに消される。学生たちはごそごそと何をしだすのかと思えば、小型鉛蓄電池ライトを取り出し、夜の話や、自習を続け、12時頃になるとやっと寝静まっていくようだ。あさは6時半過ぎに起床して、八時授業開始だ。原野に開かれた大学の生活は単調である。

  堀江咲夫
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   発信者:郵政編碼 330047
   中国 江西省南昌市南京東路235号
   南昌大学(北区)外国語学院
   亜欧語言文学系日本語科教師
   "堀江咲夫"(Horie Sakio)
   Tel 86−791-830-4734
   メール <QWN03345@nifty.com>
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Aug. 6, 2004

 志村和次郎さんの講演・拝聴記
  去る8/6、「36会」の音頭で、志村和次郎さんの講演「近代日本の先覚者・新島襄とその時代」が、「はあといん乃木坂」でありました。

  新島襄が、同志社の創立みならず、鎖国を解いた日本の教育、社会、国際関係などに、多大な影響を与えたこと、そしてそれは単に当時の日本への貢献のみならず、今日の大変革期を迎えている、同志社、そしてわが国の教育・政治・経済に至るまで、この混迷の時代に彼の業績から学び取ることができる、意義ある内容が随所にちりばめられるお話でした。

(クリックすると大きくなります)
  たとえば、新島はすでに10年間アメリカで学んだ経験を背景に、岩倉使節団の通事として「通訳以上」の多大な影響を多くの人に与えたこと、日本が、キリスト教解禁をしないと先進国の仲間入りに支障をきたしているときに、おもいきって解禁に転じることに影響を与えたこと、国禁を犯してアメリカに渡ったことをチャラ(下品な言葉ですが)にするからと、文部大臣職に乞われても、なおそれを断って同志社を設立したこと、アーモスト大学教授のW.S.クラークの元で学んだ新島との縁が、クラーク来日のきっかけとなり、多くの傑物を生んだこと、総合大学を目指し、医学部構想も持ち、同志社病院までも作ったことなど、興味尽きないお話でした。

  同志社設立資金調達のアメリカでの名演説と、それに応じたアメリカ人、戦争中もアーモスト大から彼の肖像が外されなかったことなど、アメリカ人の友情も、涙なしでは聞けないエピソードです。


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  以上、詳しくは、志村さんの著書、「新島襄と私立大学の創立者」(キリスト新聞社)や「新島襄とその高弟たち」(上毛新聞社)にも語られているようです。(「コラム」ページ参照)

  同講演の後、昼食をはさんでんで、京都から見えた同志社校友会会長 秋田まち子さんの祝辞、その他の方々からの祝辞、エピソードが語られ、最後にグリークラブOBの木下さんほかの音頭で同志社カレッジソング(いわゆる、カレソン)、小出先輩のチアーリードでお開きとなり、私にとっては最近にないインテリジエントかつ感激的なひとときでした。
    (野崎哲郎 東京37会・工)